七転八倒堂

「おいルッツ！今日からコイツ、お前の義兄な！」
「…は？」
この世の終わりみたいな顔をしたイギリスの手を引いて本宅へと帰宅したプロイセンは、予め泊ってくると言い置いていたので突然の帰宅に驚いた顔をしたドイツに向かって『ただいま』の挨拶も無く、開口一番、ドイツにイギリスが『義兄』である事を強要した。

【兄と義兄の事情】

「すまん、ちょっと話が見えないのだが…」
プロイセンにとっては今でも可愛い弟であるドイツが、また突飛な事を言いだした兄貴分であるプロイセンに『またか』といいたげな呆れたような困惑したような顔で溜息きつつ説明を求めた。以外と世話好きなプロイセンが何か持ち帰るのは珍しいことではないが、アスター、ブラッキー、ベルリッツに続いて持ちかえったのが他国の化身ともなるといつものようにお小言で済ませるわけにもいかないと思ったのだろう。胃でも痛むのか鳩尾辺りを手で擦りつつしかめっ面で恨めしげな視線で問い質されて、プロイセンは軽く「おう」と答えて、プロイセンの背後で血の気の失せた顔をしているイギリスの手を引っ張って自分の前に押し出した。ちらりと同情したようなドイツの視線を向けられる。
「イギリス…じゃねえな。アーサーと結婚した」
「……………」
沈黙が落ちて数秒後、
「だからどうしてそうなったのかと聞いている！」
ドイツの怒号が広々として一軒家に響き渡った。

事の発端を詳らかにする為に、時間を昨夜のプロイセンの別宅にまで遡る事にする。
休日の前夜である昨夜、二人は時間を合わせてプロイセンの別宅で飲む事にしていた。
数年前のエイプリルフールを切欠に始まった二人の個人的な交流は、年が経過するにつれ、頻繁に行われるようになっている。
不憫だの何だと呼ばれている二人である。
プロイセンも悪友と会ったり、オーストリアをからかいにいってハンガリーに殴られたり、ドイツの所に遊びに来たイタリアを構ったりと、不憫と言われる割には交遊関係も広いのだが、しかし何かにつけ『ついで』という文字がつく。
例えば悪友とは、プロイセンを除いた二人がプライベートで会う事になったついでに呼び出される事が多く、そうでなければ仕事でドイツに来たついでにプロイセンと飲む事が多い。最初から予定を合わせて飲みに行く、なんて事はない。こちらが自宅警備員だからと言って、適当に呼び出しても必ず来ると思っている所がプロイセンにとっては業腹ではある。しかし残念ながら呼び出された時に予定が被っていたことなど一度としてないのが悲しい現実である。
では、オーストリアはというと、わざわざいけすかない坊っちゃんを見に行く趣味などプロイセンには無いので、ドイツのお使いで会うか、はたまた迷子になったオーストリアをからかって遊ぶ為に迎えに行ってはやるものの、それ以上でもそれ以下の話でもなかった。
因みにハンガリーと会うのはオーストリアをからかい過ぎた時のみである。しかもフライパンで殴られるだけという、しょっぱい逢瀬だ。
イタリアに至ってはそもそも彼の目的はドイツで、彼が家に来ることがあって話すことはあってもあくまでその目的はドイツなのである。
即ち、プロイセンに（ほぼ親戚を含む）知り合いと悪友はいても、友達はいないのである。
そしてそれはイギリスも似たようなもので…。
悪夢の飯を切欠に二人がちょくちょく会うような仲になったのは、必然と呼ぶべきなのかもしれない。今では『仕事』などの『ついで』を抜きにして予定を合わせて二人で過ごしたりする。
昨夜の飲み会も、仕事のついでではない予定であった。
「よっ。久しぶりだな」
「元気そうだな。あ、これ手土産だ」
そんな会話をしながらイギリスの仕事場から直行でプロイセンの別宅を尋ねて来たイギリスをもてなすのは、何度目のことだろうか。
『折角だから泊っていけば』というようなやりとりを経て、最近は泊ることを前提に会うようになっている。この日も当然そのつもりでイギリスを招いて、酒盛りに興じた。
酒が入ると色んなものが緩む。
特に、理性と思考に大打撃を被るのが一般的にも常な筈だ。
そんなワケで、お互い、色んなものが緩んでいた。その上の出来ごとだった。

「なぁ～にが『君に友達なんているワケがないだろ、見栄を張るのよしなよ！みっとも無いんだぞ！』だ！ばかぁ！！！」
どうやらその日の会談には急遽来るはずの無かった元弟がくっついて来ていたらしい。
最近は一緒にいる事が増えたから、弟以外の話で盛り上がることも多かったのだが、アルコールを摂取してしばらく、イギリスがぐすぐすとぐずるように鼻を啜りながら舌ったらずな口調でアメリカの事をバカバカと繰り返しながらカパカパと容赦なく酒を煽りだした。
プロイセンがちょっとばかり懐かしいその光景に「ふーん」と相槌を打ちながら、
「それで？見栄なんかじゃねえ、って言ってやれたんだろ？いいじゃねぇか、別に」
と、口を挟むとイギリスは、
「ばかっ！そんな切り返しでアイツが殊勝な態度取ると思うのかよ！アメリカのヤツ言うことに事欠いて『一人ぼっち同士良かったじゃないか』って言いやがったんだぞ！」
と唾を飛ばしながらガン！とグラスを机に叩きつけた。プロイセンは『おいおいグラスが壊れるだろ』と酒が入って若干ぼんやりとした頭で思いつつ笑いながら言った。
「おー、すげー皮肉。育てたの誰だよオイ」
「悪かったな！俺だよバカぁ！！！でもアイツ、昔はとってもいい子だったんだぞ！」
「おい、それ全然フォローになってねーかんな。だったら余計育て方間違ったって事じゃねーか」
ケセセと笑いながら指摘すれば、イギリスは正論を突きつけられてぐっと言葉を飲みこんだ。酒によって潤んでしまった瞳を揺らしながら、金色の睫毛がふるふると震わせて涙を堪えていたようだが、結局イギリスはわっと「どこで間違ったっつーんだよばかぁああ！」と盛大に叫んで顔を覆う。さすが酔っ払いだ。自分もだけど。
イギリスの嗚咽をバックミュージックにしながら、『どこでとか言われても分かるか』と返しかけたプロイセンは、だが、思い直して口をゆっくりと開いた。これまでの酒の席で弟の話はしこたま聞いているのだ。思い当たる節なんてあり過ぎるくらいである。いっちょここらで後学の為に指摘する事にしてやった。
「とりあえず、最初から」
「最初からだと？！いくらなんでもそりゃねーだろ！フザケンナ！」
不機嫌を露わに涙目で睨まれて、プロイセンは苦笑した。彼のお得意の「ばーか」で返してその額を指先で突っついてやった。
「最初からだって。お前せっかく向こうが『おにいちゃんって呼ぶよ』って言ってくれたっつーのに、『イギリスでいい』はねーよ」
「………？」
具体的な話を口にすると、イギリスはプロイセンの指先を叩き落とすのも忘れたらしく首を捻ってこちらを見た。プロイセンは子供のように広い額をうりうりと指で攻撃しながら「あのなぁ」と少し間延びた声で続けてやる。
「呼び方ってのは案外大事なんだぜ？俺様とヴェストを見てみろよ。俺は親しみを込めて『ヴェスト』って呼んでるけど、あいつは一体俺を何と呼んでる？」
「………『兄貴』？」
「おう、そうだ！俺様はアイツらの先人であり、敬うべき兄貴分で、互いを守りあう家族である…それを一言で言い表すのが『兄』って呼び方なんだろーが。それを幼児の時から対等である『イギリス』。しかも呼び捨て。それはねーだろ。お前カナダ思いだしてみろよ。アイツはお前の事『兄』とは言ってねーけど、でも『イギリスさん』って呼んでんだろ。日本にしたって『イギリスさん』だ。お前に一定の理解を示してくれる奴の敬称は共に『さん』。反対にお前に一番近い元お前の要塞のシーランドはどうだ。『イギリスの野郎』だろ。兄って呼ばせれば仲がよくなるとは言えねーけど、耳に入ってくる音ってのは大事だぜ？洗脳状態っつったら語弊ありそうだけどよ、毎回口にする呼び方が『イギリス』って対等のそれじゃ、どう考えても無意識が『そう』なっていくのは当然のことだろ」
「……いや…でもな…。そんな」
「んじゃー聞くけどな。ベルギーはオランダの事なんて呼んでるよ？」
「…『お兄ちゃん』…だろ」
「リヒテンシュタイン」
「…『お兄様』」
「…ベラルーシ…」
「『兄さん』っていやでもこれ、相手が女だからじゃ…！！」
「んなことねーよ。イタリアちゃんだってお兄様のこと『兄ちゃん』って呼んでんだろ。ロシアにしたってウクライナの事『姉さん』って呼んでっし、モナコ見てみろよ。『フランス』呼びだろーが」
「なんてこった！」
「あと、アイスランドにしても、ほら、お前の大好きな日本だって、『にーにと呼ぶよろし！』とか言ってる中国のこと『中国さん』としか呼んでねーしよ。これで分かっただろ、実際呼び方ってのは大切なんだよ。最終的にどうなるかは置いて於いてだな。お前はまず最初のハードルである貴重な『兄貴』呼びを自分の手でぶち壊したんだよ。それが最初っから間違ってる理由な」
「！！！」
ガクリと項垂れて暗雲を背負っているイギリスの頭をぽんぽんと軽く叩く。今まで向かい側のソファに座っていたイギリスの隣に腰を下ろし、ショックの余りに泣きだしたイギリスの背中を軽く擦ってやった。
「まさか…そんな…最初から…」
「まあ、過ぎた事はしょうがねーよ」
「お前…他人事だと思って…」
うるうるとした瞳で見られて、プロイセンは頬を掻いた。酒と涙のせいで、その鼻頭は赤く染まっていて、まぁるい頬もまるでリンゴのようである。つまり、子供っぽい。そしてプロイセンはけして子供が嫌いではない。別に悪友であるスペインのようなペドではないが、ありていに保護欲とか父性はそそられる。「いやまー、他人事だけどよ」と言いつつ子供のような童顔の、大きなペリドットの瞳で睨まれて、つい情けが飛び出した。
「んじゃー、お前。ヴェストの兄貴になってみっか？」
「……、何言ってるんだよお前？」
論理が破綻するほど酔ってはいなくても、一本か二本ほど筋をたがえるくらいにはプロイセンも飲んでいる。
ぽかん、と口を間抜けに開いたあと、プロイセンの斜め上な発言にイギリスは小首を傾げた。その動作がやけに愛らしい。とても鷹揚な気持ちになって、プロイセンは名案だと大きく頷いてみせた。
「お前がヴェストの兄貴なら、お前は俺様の弟って事になるだろ！兄さんって呼んでくれたっていいんだぜ？」
「なっ…なんでそうなるんだよバカぁ！ドイツが俺の弟なら、年齢的にお前も俺の弟だろうが！お前がお兄ちゃんって呼べよばかぁ！」
ここに素面の者がいれば、問題はそこではないと冷静に突っ込んでくれたのだろうが、生憎ここには酔っ払いしかいなかった。そして酔っ払いとはどこか頭の捩子が吹っ飛んでいる者の総称である。適切な突っ込みはスルーされた。
「なんだよもー、折角甘やかしてやろうと思ったのによー」
「…えっ…」
「つか、俺様、どうみたって『お兄ちゃん♪』とか呼ぶ柄じゃねーだろ。どう考えても」
『甘やかしてやる』という言葉に一瞬イギリスの顔に喜色が走ったのを見ながら「でもお前がそこまで言うなら仕方ねぇ。この案はとりあえず没だ」とプロイセンは呟いた。プロイセンは元々破天荒な人格だが、それでもやはりドイツ人である。年上が兄になるというルールを重んじて自分がイギリスの『兄』になる事は白紙に戻す。
途端に『俺はまた何かを間違ってしまったのか』という顔でしゅんとしょぼくれたイギリスの頭をなんとは無しに撫でながら、プロイセンは仕方なく打開策を考えた。
イギリスを『連合王国』ではなく『イングランド』として考えれば、ゲルマン系の血も大きく引き継いでいる。超混血児のアメリカがイギリスの弟でいいならば、イギリスがドイツの遠い遠い遠い兄でも悪くはない。ここは、問題ない。
と、するならば。プロイセンだってイギリスの事を兄と呼ばなくてはならなくなるが、それはちょっとなあ、というのがプロイセンの見解である。プロイセンは『兄としてイギリスを甘やかしてやろうと思ったのに』という自身の言葉で嬉しそうにして、現在はしょぼくれている目の前の男をどちらかというと甘やかしたいのである。弟として兄を甘やかす方法がないではないが、どちらかといえば兄関係も壊滅的なイギリスの兄になってやりたい。だが、それはルールが許さない。
「…うーん」
イギリスの形の良いまるい頭をぐりぐりしながら唸っていると「痛ぇよばかぁ」とどこか甘えた声がした。それを聞きながら『やっぱり弟はねぇよ』とプロイセンは心の中で頷いた。こんな愛らしい『兄』など真っ平御免だ。弟ならばまだ兎も角。
では、どうするか。
何か合理的にイギリスを甘やかす立ち場になって、ドイツにイギリスの事を『兄』と呼ばせる術は無いだろうか。そう考えて、プロイセンは酔っ払い的な名案を閃いた。
「そうだ！お前俺と結婚しろ！」
「………はぁ？」
イギリスは言ってる意味が分からないという顔で目を瞬かせたが、プロイセンは構わず「これしかねぇよ！」とイギリスに迫った。
「…な、何がだよ…？」
ずいっと押されてイギリスが仰け反るように体を引かせるのを見ながら、プロイセンは頷いてみせた。
「ライフ・パートナーシップ法があるじゃねえか！」
「…それがどうしたよ…」
「だから、俺がお前の事を兄とは呼ばずに済んで、お前を甘やかすことが出来る公明正大な立場の事だよ！その上、ヴェストがお前を『義兄』と呼べる、画期的で効率的な案といったらコレしかねーだろ！俺様マジ天才だぜ！」

続く≫

≪new[3] NOVEL back≫

[0]TOP。