■【冬の陽だまり・夏の影】■ 07

【冬の陽だまり・夏の影】
―6―


『分かったよ…』
 およそ上級生へむけての了承の言葉とは思えなかったが、そのセリフを夜神月が言ったと高田に聞いて、照は小さく息を吐いた。夜神の方の仕上げは高田に任せたが、どうやら計画は上手くいったようだった。
 照はもう一度自分は使命をやり遂げたと緩く息を吐いて、会長であることを顕示している椅子を回転させ、気分転換とばかりに窓の外を眺めた。
 えると別れることを了承させたのが昨日のことだ。彼らの情事を分析してから4日目の朝。
 朝の薄い光が段々と濃くなって、照は朝早い時間に登校してくる女学生を発見して目を瞬かせた。
(何故こんな時間に…結果を聞きに行くか…?)
 思って生徒会室から出ようとしたが、留まった。
(私が竜崎と付き合う…か。仕方のないこととはいえ気が滅入る…)
 えるの事は嫌いではないが、今はその顔さえ見るのが苦痛だった。
 だが、夜神月の異常なほどの執着を見た後ではこうでも言わないと従うか分からず、仕方なしに夜神月が渋るようならそういってみろと高田に提案した。勿論、それ自体は夜神月に決めさせる形で。
 それに、隠れて付き合っていたのでは意味がないので、竜崎と付き合う…もとい監視するのは自分の苦痛さえ除けば大いに意味があることだ。
 しばらくして、足音が聞こえてきて、扉に顔をむける。
 案の定えるが入って来て、盛大に顔を顰めた。
(…えらく嫌われたものだな。だが、それも年長者の勤めだ…)
 昨日、照はえるを盛大に貶めた。だが、その言葉の半分は嘘と誇張だ。
 おそらく寝ていないか、泣いたのだろう。腫れてはいないが、充血した目に、照の心がほんの少しだけ呵責を訴えた。
(…が、自業自得というものだ…)
 どう考えても、誘っているのはえるにしか見えなかった。恋心を持て余しているのはえるだけで、夜神月はそれに引き摺られているようにしか、見えなかった。
「…お早うございます」
 堅い声音で挨拶して来たえるに挨拶をしかえして、結果を聞こうと口を開くと、先にえるが夜神月との別れを告げてきた。それに続いた言葉と合わせて、照は少し驚いてえるを眺める。
(やはり、頭の回転は悪くない…。恋だ愛だのが邪魔なのだ…)
 用件だけの会話のやりとりをした後、書類に目を落として、彼女の言葉が真実であるのかどうか推し量る。
 嘘は言っていないように見えたが、頑なに夜神月のことを好きでいると言ったえるにしては素直過ぎるのではないかと、黙々と雑用をこなすえるを盗み見る。
(もっと取り乱すか、憎まれるかと思ったのだが、そこはやはり竜崎というべきか…?)
 ふっとえるが溜息をついたの見て、書類に視線を戻した。
 軽くチェックしたばかりの書類を避けて新しい書類を引き寄せる。
「これは全て会長が一人でおこなうものなのですか?」
「そうだ」
「…どう考えても生徒の役割では無いのですが。毎朝これを一人で?」
「ああ。…それに触るな。無駄口はいいから早く言われた仕事を片付けろ。」
 目の前の資料や、処理をする書類や、代案などで埋められた机を軽く眺めて手を伸ばしてきたえるを、照は冷たく切り捨てジロリと睨みあげた。
普段のえると少しも変わらないその様子は、照を安堵させると同時に、少し苛立たせる。
 あんなに好きで好きで堪らないという風情だったのに、傷ついた様子すら微塵も見せないのは、健気というよりも可愛げがないと感じたし、自分の領分である敷居に勝手に踏み入られるのは唾棄するべき物事に思えた。
 だが、照の不機嫌な視線と言葉一つで怯むようなえるではなく、えるは勝手に今しがた目を通したばかりの書類を手にとると、ぱらぱらと捲って照の非を指摘した。
「最終見直し案みたいですけど…計算、間違っていますよ。バルーンの気圧計算がおかしいです。…そもそも何故専用ボンベを使わないんです?危ないですよ」
「……」
 いっそふてぶてしいといえばいいのだろうか。その精神構造と切れ味に照は言葉を見失った。
「経験よりも安全です。それでなくとも準備に追われて疲れています。会長がミスをするなら他の生徒はよりミスを起こしてもおかしく無いです。訂正して良いですね?後、他のファイルも見直します」
「了承する…」
 一気に形勢を逆転させられたような立場に置かれ、照はそう一言押し出した。


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