■【タイム・リープ〜月の選択〜】■
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再び光が見えた。 あそこまで戻れれば…。 【タイム・リープ】 〜月の選択〜#10 キスをしている時の竜崎は意外と色っぽい。 意外と、というのも、男に色っぽいというのも失礼な話かもしれないが、いい意味で、なので許してもらおう。 それから、協力的な竜崎とのキスは意外どころじゃなく、気持ちがいい。 月が竜崎の腰に手を廻すので、竜崎は普段猫背の背中を少し逸らせて月の頬や肩に手を添える。 運命の恋人と再会した時のようにお互いを貪るさまはキスだけで18禁のレッテルが貼られそうだ。 ただそれだけ濃厚なキスをしている最中、密着した下半身の、月の昂ぶりを感じた瞬間「ハイ、終わりです」と何の情緒もなくことを終わらせるのはどんなものかと思った。 ただ月に付き合ってもらっているという感じばかりが強くなるし、思っていたよりもテクもなかったのかとガッカリしてしまう。 「ねえ…竜崎、気持ちよくなかった?」 「……さあ…」 「さあって何だよ。2択だとしたら?どっちかというと?」 「……悪くはありませんでした…」 『よい』といわないのが竜崎らしい。この負けず嫌いが、と思ったが、月のキスへの評価は悪いわけではないので、前向きに検討してみることにした。 「だよねえ…、よし、いいって言わせてみせるよ」 「…そんな事を堂々と宣言されても困ります」 「ははっ、困るんだ?照れる?」 「知りません」 月が竜崎から離れたところで腰を下ろしているうちに、竜崎はというとさっさと防寒服を着込んでしまっている。 先ほど、数日ぶりにピタリと雪が止まったので、また塞がってしまった通路を開くと同時に雪を確保することにしたのだ。 月を置いてさっさと出て行きそうな竜崎が、火の始末を終えるのに間に合うよう素早く着替えて後を追う。 「…これはまた積もりましたね…」 「完璧埋まってるじゃないか…」 いつもの出入り口に下りるなり雪崩れこんでいる積雪量にうんざりしながら、窓の上部までしっかり埋まっている白を眺める。窓から入りこんだ雪の小山がなだらかに室内に続いていた。 「窓、開けておいて良かったな…。閉めてたらことだったぞ…」 長時間放置しておけば、また窓が凍って動かなくなるのではないかという危惧があったので、もう開けっ放しにしておいたのだ。どうせ、階ごとに非常用のシャッターを下ろしている。別段防寒面で問題はない。無論シャッターはパスワード認識製になっていて、安全面もバッチリだ。 そうして除雪作業を行って小1時間もたった頃だった。 慣れと地の利を生かして、ようやく一応出入り口を確保する。そしてあまり言いたくない話しではあるが、排泄物の処理に当たることになった。 勿論、水洗トイレなど使えるはずもないから、排泄物は甕などの容器に保存することになる。だから赤痢などの病原菌を出さないために、細心の注意を払って別フロアで手洗いを行うようにしているし、溜まれば吹雪の少ない日に少し離れた場所に雪を掘って埋めるようにしている。 その処理をする為に、竜崎と二人、以前埋めた場所とはまた少し離れた場所に深く穴を掘ると、その凍った中身を棄てて蓋をした。 この生活に随分慣れはしたが、これだけは未だに抵抗がある。 やれやれ、と二人して息を吐くと、戻ろうか、と声をかけようとした月の口を竜崎の手が塞いだ。 思わず汚い!と払い落そうとした月だったが、ふと怒鳴るような声を耳にして立ち竦んだ。 (まさか…) まだ距離はあるようだが、数人が話し合いというよりも怒鳴りあいながら歩いているようだった。思わず竜崎と顔を合わせてよくよく運のないことだと思いながら身を潜めた。 声の聞こえる方向は捜査本部とは真反対の警察庁の方角からで、彼らはまだ捜査本部前を通りすぎていなかった。だが、このままでは確実に本部前を通ることになる。 どうする、と竜崎に目配せする。竜崎の眉間に皺が刻まれた。今日の二人は機動服に身を包んではいない。そしてあちらは相当殺気立っているようだった。彼らよりも前に本部に戻ろうとすれば彼らに後姿を見せることになる。撃たれれば一貫の終わりだ。 捜査本部への出入り口は小さく、道の真ん中からでは雪に遮られてその窓が開いているのが分からないとはいえ、本部寄りを歩いているとすればそれも簡単に見つかってしまう。 こういう場合を想定しないでもなかったから対策はいくつか用意してあるものの、参ったな、と月は歯噛みした。出来るならこのまま月たちにも、安全な捜査本部にも気付かずに通りすぎてほしい。 相変わらずの怒鳴り声と鳴き声交じりの声が少しずつ近くなってくる。 どうやら、彼らの燃料が底を尽きたらしい。食料ももう底をつきかけ、どうすれば…という女のヒステリックな女の声をリーダー格とおぼしき男が怒鳴り散らして挙句の果てには黙れ、と銃をつきつけて脅しているようだった。 ……でも、もう1年以上もこんなんで、どうやって。もうどこに行ったって…… ……同じってーならお前は残りゃいいだろーが!それともいっその事一思いに殺してやろうか!?…… ……そんなこと言ってないじゃない!ただ、確実に物のあるあそこをどうにかして…… ……そう言ってずっとあそこに留まって来たんだろーが!お前が外さなきゃ、俺たちはまだ大丈夫だったかもしれねーんだぜ!お前さえ!…… ……待てって!あいつらがいたって事はまだ生き残る希望があるかもしれねーってことだろ!な、騒ぐなよ!もし見つかったら警戒されちゃうだろ…… あの時のあいつらだ、とぎゅっと拳を握り締めた瞬間、竜崎ががしっと月の手を掴んでこういった。 「月くん、今すぐ本部に戻りますよ」 「…え!?何言って…!」 今の聞いてただろ?!と返そうと思った瞬間、空気が凪いだのに気がついた。 竜崎の指先を追って見上げた、もっとも背の高い建造物の先が凍っている。ピシっと不吉な音が聞こえた気がして息を呑んだ。 「このままここにいては確実に死にます。早く!」 言って竜崎が月の手を引っ張る。それに釣られて月も走りだした。 飛び出した月達に気付いて連中の声があがる。止まれ、と言われたが止まれるわけがない。 「空を見ろ!」 「空から凍ります!」 発砲の意識を逸らすのと諍いを起こしている場合ではないという警告をするが為、二人同時に叫んで、後はもう走ることに専念した。背後で悲鳴が聞こえる。だが構っていられない。 今日吹雪が穏やかになったのは、低気圧が過ぎたというワケではなかったのだ。低気圧の目玉に入ったから、だった。台風の目のようなものなのだろう。 だが、台風の目と今回のこれと大きな違いがある。台風の目はその間は別段大きな災厄などないが、この低気圧は強烈すぎて、目の中心点に入ると空から凍っていくようだ…ということ。 今も一秒ごとに、空に近いところから空中の水分が建物に張り付いて凍っていくのが見える。あんなのに捕まったら一貫の終わりだ。 竜崎に手をひかれながら走り続け、月はその途中で「あ!」と声を上げた。 「竜崎、あれ!」 「なんですか!?」 「ほら、あれ!出入り口がある部屋の…!ああ、ほら!光ってる!トンネルだ!僕ら、戻れるぞ!」 死の危機に直面したからか、竜崎と二人走っているからか、追われているからなのか、全部の条件が満たないと開かないのか、理由はさっぱり分からなかったが、月は歓喜の声をあげた。 だから、竜崎の次の言葉に目の前に迫る死の危険よりも更に凍てついた。 竜崎は言った。「私には見えません」と。 「……なんだって!?」 「見えません、分かりません。どうやら帰れるのは月くんだけのようです。申し訳ありませんが、お一人でお帰りください」 「バカ!そんなの分からないだろ!?大丈夫だよ、二人なら潜れる!試してもみないで諦めるなよ!!どうせ、すぐ隣だ!!失敗してもリスクは少ない!」 躊躇う竜崎を追い越して、今度は月が竜崎の手を引いた。壁に飛び込むようにして体当たりをする。するっと難なく通りぬけることが出来て、ほらみろ、と背後を振り向いた。 壁の外側に、竜崎がいた。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |