■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 14

変わるとしたら今しかないんだ。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#14


そうして翌日、心変わりを神さまが認めてくれたみたいに、月の視界は北上を続ける人影を映して、慌ててクラクションを鳴らした。
驚くほど少ない人影が、クラクションとエンジン音に振り返り、そして恐らく口許まで覆われた衣服の下で口許を綻ばせた。
速度をあげて、立ち止まった人影に近づく。月達の装備を見て彼らは喜びの声を上げた。
その中に見覚えのある、懐かしい目をした人がいて、月はフルフェイスを外して叫ぶ。
「父さん!!」
その人は、驚いて大きく瞳を見開くと、すぐにぐいっと口許のマフラーを引き下ろして「月!」と大きく呼び返した。
「無事で良かった―…!」
3人しかいない人影の、その一歩ほど前に踏み出した総一郎の前に横付けて、飛び降りるようにして月はその体躯に抱きついた。
もう二度と逢えないと思っていた人だ。
一度、帰れるかもしれないと思った時にさえ、捨てた人。
けれど顔を合わせたら、涙が込み上げてきて胸がじんと熱かった。
「ライト―…」
そして、返してくれる抱擁が遣る瀬無いくらいに、温かい。
しばらく抱き合うと冷静さが戻ってきて、取り乱した自分を少し恥ずかしく思いながら体を離す。ここにはメロもマットもいるのに。
「あの、父さん…」
「ところで月…」
「「………」」
重なった言葉に思わず黙り込む。
「話はその辺の建物についてからしたらどうだ」
メロは感動の対面なぞどうでもいい、とでもいうように顎をしゃくった。

その場にいたのがたったの3人だったので、それぞれのスノーモービルの後部座席に座って貰うと、一番近い建物の中に移動してそれぞれに息をついた。
「いや、僕は月くんはちゃんと生きてるって思ってたんですよ〜」
10年経っても変わらない能天気な声音でのほほんと松田が言う。模木も相変わらず無口で小さく会釈した。
北上を続けていたのは、総一郎と松田と模木の3人だけだった。最初はもう少しいたらしいのだが、それもこの1年半の間に失われてしまったらしかった。
「こう言っては何ですが、松田さん模木さんだけでも元気そうで良かったです」
「…うむ。…ところで、そっちの二人は…」
「ああ、Lの後継者でメロとマットくんです」
月の言葉に総一郎が頷いて、それから窺うように聞く。メロは総一郎を一瞥しただけで、マットは「ど〜も〜」と声をあげた。それに松田さんも「どーも!」という気の抜けた返事を返すので、あまりの緊張感のなさに彼らを除く一同は小さく息をついた。
「では、竜崎は」
「本部にいるよ。通信機能を使えば、すぐに話せる」
気を取り直すように総一郎が口を開いたので、月は力強く笑んで竜崎の生存を伝えた。総一郎と別れた時にはこんな風に竜崎の生を嬉しいと思って報告することがあるなんて思わなかった。…そう考えることが出来る今がとても愛しい。
「そうか…。ところでお前達は…」
「うん…、それはちょっとワケ有で…。でも今は、まだ話すことが出来ないんだ」
「どういう事だ?」
「…うん、それも、ちょっと」
言葉を濁すと、総一郎は年老いてしまった顔をあからさまに顰めた。この10年の間、総一郎はどんな思いで息子を探し、そうして異常事態に陥った世界を歩いてきたのか。思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。その挙句、月がキラだと聞かされたら、一体どうなってしまうのか。
「…とりあえず、竜崎に繋いでくれ」
「父さん、皆さん。ごめん。…一晩、待って欲しい」
難しい顔でそう言った総一郎を制して、月は頭を下げる。
「メロとマットも、報告は待ってくれないか。先に父さんに話しておきたいことがあるんだ」
振り返って問うと、メロの瞳が月の真意を問うようにじっと見つめていた。その強い光に負けぬように月も真剣にその瞳を見返す。
「…いいだろう。一晩だけ待つ」
マットは肩を竦めて、その数秒後にメロが頷いた。月はほっと口許を緩める。
「それじゃあその間アンタ達は俺達と別室に来て貰う。Lの代わりに聞きたいことが沢山あるからな」
そうメロが告げると、松田は外国の人が珍しいのか、「あっ、はい」と僅かに緊張した声でついて行った。

「………」
「………」
熾した火の傍で、所在なげにしばらく二人は突っ立ったまま、お互いが何も喋らなかった。
月はこれから総一郎に告げることを思うと口が開けなかったのだし、総一郎は息子のあまりにも緊迫した様子に口を開くことが出来なかった。
「月…、一体どうしたんだ…?」
「うん…。父さん…、本当にごめん」
しばらくの間沈黙を守っていた総一郎が根負けしたように口を開いたので、月はそれにつられるように、しかし視線は逸らしたままでそう口にした。それに総一郎が頭を捻るようにして「何がだ?」と問うと、一人合点したように「…ああ、心配はしたが生きていてくれただけで…」と微笑むので「違うんだ」と月は総一郎に向き直った。
「あのね」
と、ひとつ呼吸をいれる。
「…あのさ…、父さん…。僕が、キラなんだよ」
瞬間、総一郎の時間が止まったように見えた。
数秒後、総一郎が「…ライト?一体どうしたんだ?」と声を震わせるので、月は「ごめん」と重ねた。
「ごめん、で済まないのは分かってけど、…ごめん、父さん。僕がキラだ」
「何を言ってるんだ、月!お前がキラなどと…」
「嘘。本当はそうかもしれないって少しは思ってただろ?証拠が欲しい?なら僕の頭に全部残ってる。殺した犯罪者、全員言えるよ?父さんのパソコンに入ってたデータだって、逐一。キラしか知らないことだって僕は全部記憶してるんだ。ねえ、父さん。…13日のノートのルールが嘘だっていえば、分かるよね?」
「…月っ」
「火口も僕がデスノートで殺した」
言って、月は大学に入学した時からずっと左手に嵌っている、父から貰った時計の摘みを4回引いた。細工したスライドが飛び出して、血文字で書かれた異物が姿を現す。月はそれを良く見えるように腕を差し出した。
心臓が静かにしかし熱くうねっている。今にも刑を執行されんとする死刑囚はこんな気持ちになるのだろうか。漫然とそんな風に思う。
「…本当…なのか?…何故、どうして、…月」
ガクリと総一郎の膝が折れる。月に縋るような形で膝をついた総一郎に、月は再び「ごめん、父さん」と呟いた。


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