■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■
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道連れにしようと思ったわけじゃない。 けれど、僕を手にかけて、殺してしまったら、父さんは死んでも死に切れなかっただろう。 【タイム・リープ】 〜凍結氷華U〜#16 「バカ言ってんじゃないですよ」 月が呟き、総一郎の指先が月の首にかかった所で、聞きなれた声がした。 親子してばっと振り向くと、不機嫌な顔の竜崎が遠慮なしにズカズカと踏み入って、月は「何でここに…」といるはずのない竜崎を凝視した。 「メロから連絡が来たので、ヘリを飛ばしました。万が一の事がなければ来たことを告げる必要もないかと思って、脅かさないようにヘリをわざわざ離れたところに止めて、ここまでは歩いて来たんですけどね。気配りは徒労に終わりました。もう、嫌ですよこんなの。妊婦になんてことさせるんですか、月くんのバカ」 「?!」 「まんまと妊娠しました。万一の時は月くんが育てると約束したのに、何勝手に死のうとしているんですか。また約束、破る気ですか?一体幾つ私との約束を破ったら気が済むんですか」 月の眼前までやって来た竜崎が「あ、夜神さんの久しぶりです、こんばんわ」などと言いついでに「老けましたね、でも判断が鈍るような年ではないと思いますが」などと遠慮なしに告げた。総一郎も、唖然としたまま竜崎を見上げている。 「罪は死ぬことでは到底償えません。親の責任も殺すことでは贖えなどしませんよ。第一粧裕さんはどうなるんですか。せっかくこんな状況でも命を託されているというのに、それを投げ出して。親の責任というのなら、月くんを見守って、粧裕さんをひとりぼっちにさせないことなんじゃないんですか。月くんも夜神さんも死んだら彼女は天蓋孤独の身ですよ。違いますか」 総一郎を諌め語りかけていた竜崎が今度はジロリ、と月を睨む。 「本当に貴方って人は。目を離すとすぐにこれです。何が『責任とって見ててくれないと』ですか。私という人間の出来がいくら素晴らしいとしても、そんなに万能じゃないんです。しっかりして下さい。…そういうワケで、月くんは先に連れて帰ります。夜神さんは親の責任をとってしっかり他の生存者を探してきてください。命は大切にしましょう。さ、月くん、帰りますよ」 ぐいっと腕を引かれて、ワケの分からぬままに立ち上がる。そのまま引き摺られるように出口まで連れて行かれたと思ったら、メロが仏頂面で立っていた。 混乱した脳裏が『一晩待つと約束したじゃないか!』などと喚いたが、言葉にはならなかった。ただ、放心したまま二人を眺める。 「それがアンタの答えか?」 「…ええ、すみません。約束を守れなくて申し訳ありません、メロ」 メロが口を噤んだ。それから「まだ一番になったわけじゃない」と呟くとそのまま総一郎の所に足を向けた。 オラ、とメロが声を上げる。 「しっかり働けよ、夜神。俺だって二度もキラの思惑に加担させられるのなんて真っ平御免だし、俺は夜神、お前を赦してもいないんだ。償いたいと思うならしっかりオジイチャンをやるんだな」 メロの言葉の中には、竜崎に対する暖かい思いが溢れていた。Lを奪ったキラの父親で、しかもキラと手を組んだ総一郎に対しての強い思い遣りに、月は息を呑んだ。 それに竜崎が小さく笑った。 「竜崎一体どういうこと?」 外に連れ出された時点では、黙ってください、と恐ろしい声で丸めこまれたので、ヘリについた所で再び口を開く。竜崎は煩わしそうにしながらも今度は質問に答えた。 「ただ単に私への連絡を絶った月くんの性格を考えてメロの通信機をONにしたまま現場に残して貰っていただけですよ。貴方が死を選ぶかもしれないと思って、私がどんな気持ちだったか、分かりますか?本当にぞっとしない」 後部座席に月を乱暴に押し込みながらガリガリと爪を噛んで竜崎が言う。 操縦席には誰もおらず、竜崎は後部座席の扉を閉めると尻餅をついたような格好の月の上に乗りかかり、そのまま手だけを伸ばして暖房を入れると、月の胸倉を掴んで引き寄せた。 「私を出し抜こうだなんて思わないことですよ。二度も出しぬかれるほど、私はイイヒトじゃないですから。」 「別に、出し抜こうと思ったわけじゃ…」 「そうですか?月くんが死んだ後、私がどう思うか、考えたことがなかったとは言わせませんよ」 「……邪魔なキラが消えて、メロと一緒になれて良いんじゃないのか……」 声を低くしてぼそぼそと答えると「信じられません」と竜崎の語気が僅かに強まる。 「もう本当に信じられません、違うでしょう。私のことを知りたいなどと言っておきながら、月くんは本当に嘘吐きです」 鼻と鼻がぶつかりそうなくらいの至近距離で睨みつけられたと思ったら、がぶっと首筋を噛まれて、月は目を白黒させた。 (な、何がなんだか分からない…) 竜崎はメロの方が好きなのでは無かったのか、と月は混乱する。 「…僕が嘘吐き、だって?確かに僕は嘘吐きだろうさ。キラだから。でも、こっちに来てから、自分の気持ちに関しては本当のことしか言ってない。そりゃ配慮が足らなかったことはあったけど、僕を避けたのはお前の方で、しかも僕にメロともする、って言ったんだ。僕は、僕自身の存在が竜崎にとって邪魔なんだったらって…」 「だから当てつけに死んでやろうと言うことですか?少しくらいは私を傷つけられるでしょうし、夜神さんには子殺しの十字架を背負わせることができる。粧裕さんも一人に出来て、万々歳ですね」 「…っ」 ぐっと言葉に詰まった。違う、と言いたかった。でも今度もまた、そうなのだろうか。 ただ、変わりたいと思っただけだ。 竜崎が総一郎と話をする際に、月がキラという事を話すのか話さないのかは分からなかった。だが、それまで竜崎に背負わせてはいけないと思ったから、月自身で告げたのだ。 キラが月だと告げるのは月自身でなければいけないと、そう思っただけだった。 竜崎を沢山傷つけたと思った。だから、こればかりは自分の口から言わなければ、と。そう…。その時は総一郎の手で死のうなどとは考えてなかった。 けれど、父を目の前にして、罪を告白してふと、竜崎の重荷になるだけなら、父の気が済むのなら、と。そのそう思ったつもりだったけど―。僕はまた―… 「なに真に受けるんですか、キラの癖に」 「え…?」 「月くんの悪い癖です。どうして人の表面上しか見ないのですか。どうしてもっと考えてくれないのですか。言葉を鵜呑みにしないで下さい。その言葉や態度に裏があることだって数知れないほどある、そんな事、月くんが一番よく知ってるはずじゃないですか。いい意味の時は裏を考えるくせに、悪い時は裏を考えないなんて、人がいいのか、バカなのか。…多分バカの方ですね」 「ば…バカって…」 「だってバカじゃないですか。お母さん、お好きでしょう。妹さん、可愛いんでしょう。お父さんは誇らしいんでしょう。私の事は愛しているのでしょう?なのに、わざわざ反対に取れることをするなんてバカとしかいいようがありません。他人の言葉に振り回されてどうするんですか。人の言葉を聞くのが悪いとはいいません。けど月くんはもっと他人の内側を見てあげるべきです。…そして、同時に自分の内側も、見てあげるべきなんです。そうしてそれこそが自分に胸を張る、っていうことなのではないですか」 呼吸が止まった。竜崎の黒いばかりの瞳がひたと見据えられる。 月はこの瞳に覗きこまれる度に、自分が丸裸にされている気分になる。 でも、それが恥ずかしくない、というような―…。 そして竜崎の唇が紡ぐ。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |