■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 18

【タイム・リープ】
〜凍結氷華U〜#18


PiPiPiPi…
「…ん?」
ぼんやりとした頭に、目覚ましの音がしたと思ったら、見慣れぬ天上に「あれ」と思う。
それから、月の上に覆いかぶさる重さを感知して、ハッと目を覚ます。
まだヘリの中だ。
ビックリすることに深く眠ったまま気付かない竜崎を起こさないように躰を移動させて、後部座席からマイクを取り上げた。
「はい」
『…その声は月さんですね?』
「はい。あの…竜崎は、まだ眠っていて…」
『竜崎が?』
ワタリの少し驚いた声がして、月は少し焦って押し黙る。ワタリは竜崎が妊娠したのを知っているはずなので、月と竜崎がそういう関係にあると知っていて当然だ。
しかし、あの竜崎を熟睡させてしまうくらいに…しまくった事実まで気付かれるのは…痛い。月にとって相当なダメージだ。普段から眠ることをしない竜崎の状態の変化があるとしたら、それは即ちそういうことだとワタリなら検討付くだろう。もっと昔だったら、例えば記憶が戻った捜査本部内とかでだったら、もし竜崎とヤりまくったということが、ワタリに知られたところで何とも思わなかっただろうが、恋愛感情を持って、恋しくて一晩中手放せなかったと知られるのは、酷く恥ずかしく思えた。
だがそれをからかうようなワタリではない。ゆっくりと落ち着いた声で己の用件を月に伝えた。
「…左様ですか。では月さんにご報告しておきます。元警察官の伊出さんという方と生存者が見つかりました」
「粧裕は?!…」
思わず叫ぶようにしてからハッと口を噤んだ。眠りの底をたゆたっていた竜崎も、さすがに目を覚ました。
「…月くん?…ワタリですか」
「あ、うん。」
「スピーカー入れてください」
のろのろと竜崎が毛布を纏いながら起き上がる。月は言われた通りにスイッチをいれて目配せした。
「ワタリ?」
『お早うございます、竜崎。グループを纏めていらっしゃる元警察官、伊出英基さんという方と二十余名の生存者が見つかりました。長崎です』
「そうですか。大陸に渡る前に捕まえられて良かったです。…それで、相沢さんと粧裕さんはいらっしゃらないのですね?」
『はい…。相沢さんと夜神粧裕さんとは途中で別れたということです』
「なんだって?!」
「月くん」
静かに抑えられて、悪い、と口を噤む。頭の中がめまぐるしく稼動する。ワタリははぐれた、とは言わなかった。別れたということは…。
『南に向かうのに、生存者を探しながら寄り道するのは、大所帯では無理があるから、という事で二手に分かれたそうです』
「それに粧裕がついて行った、ということですか?」
ようやく落ち着きを取り戻して尋ねると、ワタリが『いえ』と答えた。
『夜神粧裕さんがそのように提案したとのことです』
「粧裕…が?」
『はい。皆揃って止めたそうですが、どうしても残る、一人でも行くと。夜神さんの代わりに、お母様を助けなければならなかったのに、それが出来なかったから。だから、その分他の命を救うのに尽力したいと、生き残りを捜すのだと仰られたとお聞きしました』
”お兄ちゃん、助けて!”
夢で見た粧裕の姿が脳裏に浮かんだ。
”お兄ちゃん、お母さんを助けて!”
喉がごくり、と鳴った。追い討ちをかけるようにワタリの声が響く。
『私はお父さんの娘だから、お兄ちゃんならそうするだろうから…と』
それで、もう我慢が出来なくなった。必死に胸の熱さを飲み下す。でも追いつかない。
競りあがって、止まらない。
ふと少しだけひんやりした手が月の頭を抱えるようにして瞼を覆った。
「そうですか、あの少女が…私は彼女を尊敬しますよ」
竜崎の脳裏には、月を監視した時に見たであろう少女の姿が浮かんでいるのだろう。
まだ、幼かった粧裕。キラになってからは月さえ構ってやれなかった。…これは後悔か。
掌と、与えられた言葉に、更に込み上げるものが止まらない。覆われたままの瞼の内側から、熱いものが滴り落した。
「では、私達も負けてはいられませんね。ワタリ、早速伊出さんという方にこれからの南下ルートを指南してあげてください。アイバーとウエディには九州の探索をしてくださいと伝え、最終的に生き残りがいればそれを集めて伊出さんと同じルートで南下するように含めるようお願いします。私達は人手が足りないので、とりあえず松田さんを連れて一度本部に戻ってから相沢さん、粧裕さんを捜しに行きます。そちらはワタリに任せます」
「!」
『…分かりました。ではお戻りになられるまでに準備しておきます』
「助かる、ワタリ。では」
通信を切ったと同時に、月は瞼を覆った竜崎の手を取って振り返る。どうしましたか、と尋ねるようにこちらを窺うので、月は首を振った。
「…ダメだよ、竜崎。お前は本部に残って安静にしなきゃ…!」
「大丈夫ですよ、ちゃんと気をつけます。それに私はLですよ?負けてられません」
「いや、負けるとかそういう事じゃないだろ…!万一のことがあったらどうするつもりなんだ。もうお前一人の体じゃないんだぞ?!粧裕達を捜すのには、松田さんと僕で平気だ。足りないっていうなら、北からもう一人加えてくれれば…」
「…北から一人加えるのなら松田さんと月くん二人の方がマシです。危険な北上組みにメロは欠かせません。ですがマットを外してしまうと、あまりにも北上組が厳つ過ぎます。夜神さんについては今は月くんと一緒にする方が危険ですし、模木さんを外すとチームのバランス感覚が狂いそうで…。だからと言って松田さんと月くんだけというのも、不安いっぱいですし…」
そこで竜崎がピタリと口を閉ざして月を無言でじっと窺い続けるので、月は少しだけ背後に仰け反った。
竜崎が月に掴まれた腕をゆるりと持ち上げてみせる。
「それにもう、月くんと手を離さないと決めたんです。…ああ、そういう意味では私も約束を反故してしまいましたね、すみません。あの日、私は貴方を捕まえた、と言ったのにちょっと頭に来たからといって、その手を離してしまいました。」
「………」
「…本当に月くんという人は危なっかしくて仕方ない。ですからもう一度、今度はちゃんと誓いましょう。月くんが不安だというなら何度でも。…病める時も健やかなる時も、逮捕した責任はとります、と誓いますよ」
にっと竜崎の唇の端が上がる。同時にベロリと長い舌に涙の跡の残る頬を舐め上げられて、月は目を大きく開いて竜崎を凝視すると、次の瞬間には苦笑した。
「変なプロポーズだね、でも…竜崎?プロポーズって男がするもんだよ」
「なんですか、それ。誰が決めたんですか」
「…まあ、そうだね。ところでさ」
「何ですか」
「松田さんを呼ぶ前に、もう一回?」
「………相沢さんや粧裕さんを捜すことよりも、月くんとのSEXの方が大変です」
竜崎の面倒くさそうな顔を見て、月は腹を抱えて笑った。


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