■【Lovers】■
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◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 普 『ねえプロイセン、イギリスを幸せにしてあげてよ、イギリスだって本当はそれをー…』 『やだぁ、きらい、おまえなんか、だいっきらい…!』 声が耳にこびりついて離れない。 プロイセンは階段を登り切ると、イギリスに案内した部屋の方を一瞥してから自室へと足を向けた。そのまま部屋に入って扉を閉める。 「はー…」 些か乱暴に扱った扉に凭れかかってプロイセンは肺の奥底から息を押しだした。酒をしこたま飲んだ体もそうだが、息の残滓でさえとても重い感じがする。もしくは酒臭いのか。どっちもだ。 「あー…」 小さく呻いて顔を上げるとごつん、と頭が扉にぶつかった。ぼんやりと天井を眺める。いつもの通りのいつもの天井だ。けれどもこの心中はいつもの通りとはいかずささくれだっている。この気持ちをどうにかする為にはどうするべきか。 (もう一度酒をかっくらえってか?酔えもしねぇのに?) 乾いた笑いで喉を鳴らして、昨晩の事を回想する。 一人で酒を傾けて、これからどうするべきか、どうしたいのか、考え込んでいたからか、かなり深酒をした筈なのに一向に酔わなかった。酔わなかった一端には、夜が明けたら駅のロッカーに預けたままになっているイギリスの荷物を取りに行ってやらねばならないだろうという配慮があったという理由もあるだろう。 (馬鹿だろ…) こっちがこんなにアイツの事ばかりを考えているのに、現実はどうだ。 プロイセンの事を好きだと、好きだから無理なのだと言った相手は、フランスと事に及んでいた。しかもドイツで、プロイセンが住んでいる家でだ。こうなると振り回された自分は目も当てられないバカだとしか、言いようがない。 バカだ。 バカバカバカバカ。救いようの無い大バカだ。 (くそっ、何でだよ!) イギリスの事なんか、忘れちまえばいい、そう思うのに、腹が立ってムカついているのに嫌悪が湧かない。 プロイセンに言った『好き』と同じイントネーションで『嫌い』だとうわ言のように繰り返すイギリスを、嫌いになれないから苦しかった。嫌いになれない自分に腹が立ってムカついた。 (なんで嫌いになれねぇんだ…!) たかだか一週間だ。簡単に恋に落ちたのだから、すぐに呆れて嫌いになれそうなもんなのに、嫌いになる事は全然、簡単ではなかった。 周囲には散々色々と言われていたイギリスだが、プロイセンは別に元々嫌いじゃなかった。だからといって特別好きだというわけでもなかったが、イギリスの事は『面白いヤツ』という位置づけで、それは好きか嫌いかで言ったら『好き』の範疇だといえた。 イギリスの所業は、一度は頂点に立っただけあって目にも耳にもつきやすい。その悪行が暴力にしろ、三枚舌と呼ばれる二面性にしろ、ネガティブだの重いだの言われる性格にしろ、エロ大使などと言われる性志向にしろ…、噂でもリアルでも呆れるくらい見聞きした。そして、そんなこと重々承知の上で『嫌い』のカテゴリーに入らなかったのだ。 今更、『好き』になるプラスの要素を植え付けられて、簡単に嫌いになれる筈もない。 (ああもう、どうしようもねー!!) でも、イギリスのフランスに対する『キライ』を聞いてしまった。 フランスのイギリスに対する本気を垣間見てしまった。 別にプロイセンがイギリスを思う気持ちがフランスに負けるとは思ってはいない。幸せにしてやるとも、してやれるとも思っている。気持ちだけは負けるつもりはない。 けれど、千年の月日は、それだけ重ねたものは、確実に実績としての差で、その事実は変えられはしない。 しかも、恋敵はイギリスの一番近しい隣国殿だ。対して自分はといえば、元国で、今は亡国。良く言っても、イチ地方。しかもいずれ統合される、残るかも分からない存在だ。 イギリスがプロイセンの方が好きだというのならば、逃げないでいてくれるのならば、相手がフランスだとて譲る気など毛頭ない。選んだ事を後悔させねーくらいに幸せにしてやるよ、と笑って言ってやるけども、同じくらいフランスの事を好きだというのなら、どうした方が懸命かは火を見るよりも明らかだろう。 どちらがよりイギリスを幸せに出来るかなんて、分かりたくもないけれど、分からずにはいられない。 『イギリス、自分の気持ち信じられないって言ってたけど、でもプロイセンの事が好きだって言ってたじゃん!』 (でも、それはフランスと同じくらいってこと、だよな?) 好き、と同じ響きの嫌いを聞いてしまっては、諦めるより他は無い。 プロイセンは泣かれて無理だと言われた。もしかしたらフランスに対しても同じかもしれない。だからイギリスはフランスに対して『好き』ではなく『嫌い』と言ったのかもしれない。 でも、フランスには千年培ったものがあり、それは愛に懐疑的なイギリスでもちょっと信じたくなるような歳月ではないだろうか。フランスに好きだ愛してる信じてくれと告げられれば、あのイギリスとて更に千年の愛情をあり得ないことだとは容易には切り捨てられないだろう。 …だとしたら、プロイセンに対するのと違う目がでてもおかしくはない。 だったら、プロイセンの気持ちはイギリスを困らせるだけだ。 『それなら俺が貰っちゃうよ!』 イタリアの言葉が頭を過った。 天使のようなイタリアは、実に人を癒すのが上手い。日向ぼっこのような暖かさは、イギリスでなくとも惹かれるものだと思うけれど。 「…でも、千年には勝てねーだろ…」 苦笑して呟いた所で、疲れが一気に体に圧し掛かって、プロイセンはその場に座り込んで意識を手放した。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇side 英 お前なんか嫌いだと譫言のように繰り返しながら、イギリスは泣いた。 どうして今頃かさぶたを剥ぐような真似をする、とフランスを詰りたかった。 「んっ、はっ、ぁっ、んっ…」 対面座位のまま一度イって、2度目からベッドの上に移った。今は三度目で尻の方に突っ込まれている。内側に注がれた精液を零しながら、それでもイギリスは喘いで泣いた。泣きながら嫌いだと罵り、それでも喘いでいる。 「…ばかぁ、ばかっあっ、嫌いだ…お前なんかっ」 思いだしたように罵って、キスを求めた。好きだとか、愛してると同じ響きを持つ嫌いにフランスが困ったように、しかし満足げに微笑んだ。 「んぅっ」 突き上げられて声が鼻を抜ける。 「イギリス」 柔らかく優しげな声に名前を呼ばれて、イギリスはまた泣いた。 酷い。酷過ぎる。今まで何のアクションもとらなかった癖に、どうして今頃干渉してきたりするのか。どうして放っておいてくれないのか。 イギリスの中はぐちゃぐちゃだ。 過去の恋心と現在の疼くような切望とが入り混じって、自分の心が読みとれない。 物理的に与えられる快楽がどうしようも無く頭をバカにさせて、何度も問われる『好き?』に反射的に『好き』だとさえ言いそうになってしまう。 「あ、あ、プロイセン…っ」 でも、その言葉は、既に他の男のものだ。 イギリスが退けて、傷つけた相手への言葉だ。 今更フランスに『好き』とは言えなかった。 「坊っちゃん」 「やっ、だぁ…」 抱かれると、同じように愛しさでもって抱いてくれた相手を思いだす。 今伝わる熱に、フランスへの慕情を感じながらも、プロイセンへの愛しさを思いだして、逃げた事が申し訳なくて、こんな風に心を揺らしている事が裏切ったみたいで悲しくて、涙が零れた。 別に心が伴わなければ、構わない。 体だけの接触なんて、心が伴わなければ何てことないただの捌け口だ。 でも、こんな風に気持ちを揺らしてしまったら、それはプロイセンに対する裏切りでしかない。 だから、こんな薄情な奴は、やっぱりアイツには見合わない。切れて正解だ。アイツにはもっとちゃんと優しくて誠実な相手がいる筈だ。 涙が目尻を伝って、皺になったシーツに落ちる。 力強く丁寧に、恐らくプロイセンの持ちうる全てで抱かれてからまだ丸一日しか経っていない。体中のあちこちに長く愛された感覚が残っているのに、それがとても幸せだったのに、思いだせば今だって身が震える程幸せなのに、受け入れなかった。なのに今、まだ切望している。同時に心を揺らしてしまっている。心を揺らしてしまっているのが苦しくて、抱きしめて欲しいと願っている。自分自身が愚かしくて信じられない。本当にバカな事だ。 「…プロイセ…」 「…俺だけを見てよ」 喘ぐようにその名前を零せば、フランスが顔を顰めてそう言った。 しかし無理な相談だ。フランスはこれ以上イギリスから何を奪いたいというのだろうか。 かつてないくらいに愛情を表現しながら抱いてくるフランスは、それでも『愛してる』の一言も言わない。フランスの事を嫌いだと、愛してるの響きと違わない言葉にさせて言わせる癖に、自分は一言だって言ってはくれない。…言われたって困るけれど。 (これだから俺は俺の感情を信用出来ないんだ…、本当に) 積年の腐れ縁に言われて困るのは、そのぶん心が動くのが分かっているからだ。 いつからだ、と聞いてしまいそうになる自分がいて、初めての時からだとしたら、どうすればいいのか分からなくなってしまうから、困っている。 もし、あの時に感じた絶望が色を変えてしまったら、イギリスを構成する大元が地崩れを起こしてしまうだろう。そんな事になったらどうしていいのか分からない。 (…恋なんてしねぇって、あん時…) フランスは時々、イギリスを抱く。敵の時でも味方の時でも構わずにやって来て素知らぬ顔でイギリスにキスをする。 『坊ちゃんこれ好きでしょ?』 セックスでバカにさせてからいつもそんな風に聞いて来た。 でも、 ”坊ちゃん、俺の事、好き?” 本当は今日のようにいつもこう言いたかったのだとしたら。 「あっ、ひっ、フラン、スっ」 がくがくと震えながら、千年分の記憶に翻弄される。 「もっ、イくっ…!」 よく知った感覚が背中を駆け抜けて、イギリスはビクビクと震えた。 「あっ…あぁ…」 後ろにも生暖かいものが注がれて瞑った瞼によりキツく力をいれた。 「は…あ…」 最初に関係をもったのが恐ろしく昔なので、フランスはいつもイギリスのナカに出していく。イギリスが後始末が大変だと何度要請しても、お前だって実は生の方が好きな癖にー、とからかわれて、あとは強引にいつも押しきられていた。 その意味だって、聞いてみたくなってしまっている。相手の負担を考えれば、大事にしようと思えば、ゴムくらいつける筈だと思っていた。セーフセックスを心がけるのが普通だろう。だから、遊び相手だからって勝手な事をしやがってとイギリスはいつもそう思っていた。 でも、好きだからこそ直接感じたい、というものだったら? もし、そうなら。 もし、フランスが千年の間ずっと…。 「…フランス」 「何?」 「…、…。もう気は済んだか?なら出てってくれ」 問いたかった。イギリスの思う通りなら、もっと誰かを上手に愛する事が出来そうな気がした。 けれど、誰を? 今更フランスを上手く愛せるとは思わない。いくら愛しく思うことが出来たとしても、きっと無理だ。フランスは目障りな存在だと、常々思っていた過去は消せない。それに今の距離感も関係もけして嫌いでは無いのだ。バカを言いながら酒を飲んだり、お互い本気で殴り合ったり。…今、同じことが出来るかと言われればもう出来ないのかもしれないけれど、それでも自分からバランスを崩したくはないと思ってしまった。…だから、フランスの事は嫌いでいいのだ。それがいかにみせかけだけであっても、それで構わない。 イギリスがきっぱりと言って、力強くフランスを冷たく見据えて告げたら、フランスはぎゅっと眉間に皺を入れてしばらく此方を見返してからやがて口を開いた。 「ねぇ坊ちゃん、プロイセンの事、好きなの?」 イギリスは答えに詰まって、また泣いた。 胸がキリキリと痛い。なんでベッドの中でさえ愛してるも言わないお前がそんな事を聞くんだ、と罵りたかったけれど、答えられたら困るから、その言葉は呑みこんだ。 (お前なんてドーバーの藻屑になっちまえ!) 本当にそうなったらそれはそれでこっそり泣いてしまうのだろうけれど。 イギリスは、自分にもどうにもならない感情に翻弄されて、フランスに向かって心の中だけでそう叫ぶと、答えを投げつける為に口を開いた。 「当たり前だろっ!ベッドの中の戯言なんかじゃねーよ、ばかっ!」 言ってしまうと、どうしようも無く、涙が零れた。 『恋人が不安定になってる時は握っててやるもんだろ?』 ベッドの中の睦言も。そんな小さな事だって愛されてるように思えて、本当に嬉しかったのだ。 (なのに、どうしてこんな所でこんな事してんだよ!) いっそ死にたいとイギリスは毛布を被って背を向けた。 ≪back SerialNovel new≫ TOP |