■【裁きの剣】■ 19

「…月くんの馬鹿…」
「はあ?」


【裁きの剣】


開口一番そう告げられて、勘に触らない人間はそうはいないと月は思う。
月も例に漏れず、それでなくとも苛立った感情を表情に滲ませて、完璧な月を『馬鹿』などとほざいた松田を見やる。
「…どうしたんですか、松田さん」
凡人の中の凡人だからか、ただ単に鈍いだけなのか、月の鋭い視線に怯む様子も無く、月が書類を処理する傍らで机に顔を伏せて唸っている。
(…邪魔だ…)
ようやく日常生活を送る分には傍目から見れば差し支え無い…くらいに回復したとはいえ、松田の愚痴に付き合っている余裕は無い。
「せっかく…せっかく、春が来たと思ったのに…!あんなに強くて格好よくて、可愛いくて、ちょっと奇妙だけど…!あんな所で知り合った人まで…また月くんだって…!」
「…誰ですか、それ。知りませんよ、そんなヒト」
また女の話かと溜め息を吐きながら処理の終わった書類を束ねる。
「いくら月くんがいい男だってそれは酷いよー!ユリちゃんもマユミちゃんもその他大勢の女の子もそうだった…!それにミサミサだって…!」
「松田さん」
「…あ、あ。ごめん」
強く名前を呼ぶとやっとハッとした表情で月を見た。
「…こう言っては何ですが、僕は知りませんよ。そういう伝言とかなら聞きませんからね。一々聞いてたら身が持ちません」
「…そうだよね…。どうしよ、僕が行くしか無いかな…。時間も急だし、普通に月くんは無理だよね…」
「そうですよ。それに時間を重ねれば上手い事行くかもしれませんし…って、急?もしかして今日?え、仕事の類じゃ無いですよね」
松田なら仕事とプライベートを混同する事も有り得ると窺い見る。
呑気な顔が多分違うと思うけど…と呟いた。
「『逢いたい』とか『見せたい』って言ってたし…」
「『見せたい』?」
「何か知らないけど、花を見せたいって言ってたよ。ウェスタニアの外れを川に沿って下ってくれたらそこからはコレで分かるって」
コレ、と指された地図を凝視しながら頭の中に予感が走った。
「…花…」
逡巡した後、松田を見遣る。
「それは誰です?約束の時間は何時?…女の人じゃ無い…?」
「…え?ああ、Lさん。今日夕方までいるって。アレ?僕女の子って言ったっけ?」
「〜〜〜ッ!」
(言わなくても普通は女だと思うだろ?!普通!!っていうか、コイツ僕のLに…じゃ無い!今はそんな場合じゃ無い!!夕方まで?!もう昼じゃ無いか!!)
めまぐるしく頭を回す事2秒で、月は思いっきり立ち上がった。
「松田さん!後頼みます!!」
「え?!あ?」
「僕行って来ますんで!多分明日は戻れません!」
「…ちょ!月くん仕事は?!」
「父に『例の占い師』に逢いに行ったって言えば分かるから…!」
バッと松田から奪った地図を懐にしまっただけで、取るもの足らずに宮殿を駆け抜ける。
ずっと重かった荷物を下ろしたかのように気分が晴れやかだった。
(全くLめ…!出て行くなんて言うから…!こんなサプライズ…!)
嬉々として馬を駆る。
砂丘を抜ければ早いが、馬では上手く走れないし、駱駝では遅すぎる。
遠回りではあるが確実に速くつくように馬を飛ばしながら、月は逸る気持ちを出来るだけ抑えつけた。
(顔を合わせたら何て言おうか。『急過ぎる』?『勿体つけて』?それとも素直に『逢いたかった』って?)
見る見る間に景色が変わる。最寄りの街に辿り着き駱駝に乗り換え、道なき砂丘を何度も太陽とコンパスで場所を確認しながら辿り着いたのは数時間後。
何度か水分補給を取ったが、容赦なく降り注ぐ夏の名残りの強い日差しは殺人的だ。
熱で朦朧とする視線を凝らした先に、目的のオアシスが見えた。
「!」
オアシスと一面に広がる花々。
それからそこに佇む人物を月はハッキリ確認した。
砂漠に出現した一面の花々の中で黒髪のLの姿は目立つ。
「Lッ!」
砂避けの布を剥ぎ取ってもう一度声を上げた。
「…エルッ!!」
やっと届いた声にLが体を向ける。
向こうからも近付いて来るのが見えて、駱駝を急かす。
「月くん、もう来ていただけー…わ!」
触れられる程近くまで近付いて、月は相変わらず猫背な彼に飛び降りながら抱きついた。
花々の中に背後から倒れ込んだLの唇を即座に奪う。
「…んん」
口の中に僅かに混じった砂が少し不快だったが、それでも離そうとせずに舌を絡めた。
「…ちょっと苦しかったです…」
それは不意打ちに息の続かなくなったLが月の背中を叩くまで続き、渋々と唇を離した月に向かって、Lは苦笑してからその漆黒の瞳で覗き込んで来た。
「…お見せしたいと思っていたんです。月くんは家柄やお勤めもあってあまり見れるものでは無いでしょう?1日くらいなら構わないかと思って…って何してるんですか」
横たわったLが顔を横に向けて花々を指すのに、月はちょうど良かったとばかりに首筋に唇を落とす。
「…ちょっと何してるんですか…。嫌ですよ、こんな所で…。…月くん、聞いて無いんですか」
「…うん」
灼熱の大地が、オレンジに地平線に棚引く夕陽が、心に情熱という名の熱を焚きつける。
聞いてるんじゃ無いですか、と言うLの言葉を再度無視して、月はその唇を奪う。
再会したら何て言おうか迷っていた癖に、結局何も口にして無い。
(逢った途端に組み敷くなんて…重症だな)
心の隅で笑って、返って来た深い口付けに、すぐに夢中になった。



To be continiued



…あとがき…
お久しぶりの裁き〜の更新です!
イヤ本当に遅筆で申し訳ないです…。

水野やおき data up 2007.05.06


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