■【冬の陽だまり・夏の影】■ 02

【冬の陽だまり・夏の影】
―1―

 彼女を初めて知ったのは、偶然というわけではなく、照が生徒会役員だったからだ。
 転入生、ということで、書類に目を通したのを覚えている。
 その時には特にどうとも思わず、さらりと受け流した。
 彼女自身という固体を意識しだしたのは、これからの人生プランに有用だと思った夜神月と一緒にいたからだし、彼女に纏わる噂をよく耳に挟んだからだ。
 噂自体の内容がどうであれ、照は噂をたてられる事をあまり良く思っていなかった。
 だが、目立つ存在というものは、それだけ的になってしまうもので、仕方ないことだと学んだ。それでもやはり、恋愛などの浮いた話題には嫌悪感を感じていたので、彼女が―竜崎える―が転入早々の課題テストで夜神月同様、同点1位の全教科満点をとったことよりも、先輩を打ち負かしてテニス部に入ったことよりも、夜神月と付き合っているのだ、別れたのだ、そしてまた付き合い始めたらしい、となんとも目まぐるしい噂を小耳に挟んで、ようやく照はえるという存在を意識した。
(一体どういった女なのだ…)
 夜神月自身は入学当初からの有望株で、その人当たりのよさと聡明さについて、照は十分に夜神月について理解していたつもりだった。
 父親は部下に信用厚い警察庁の刑事局局長で、夜神月自身もその潔癖さを受け継いだらしく今までこれといって浮ついた話を聞いたことがなかった。その夜神月を落としたというのだから、一体どんな女なのだと照が気にするのも仕方の無いことで、万一有害な存在だとしたら、ただちに引き離さなければという使命感に静かに燃えたのだった。
 それで照は腰をあげた。

 ぴったりと線をひいたように盆を区切りに朝晩は気候が穏やかになっているとはいえ、やはり日中は暑い。太陽は未だ夏を意識させるが如くギラギラと地上を照らしていて、その鮮明な光を弾く木々の緑に目を細めながら、照は夜神月の恋人であるえるを視線で追った。
 半袖の上着や濃紺のプリーツスカートから覗く手足と、その出で立ちは、およそ平均的な女子中学生といった感だった。しかし平均的とはいっても、女性としての成長はむしろ乏しいといっていいくらいで、その表情や立ち振る舞いは多少変わったところがあるといった程度で、夜神月との関係性に何の問題も見当たらなかった。
 少し陽の翳る廊下で、照は一人歩いてくる彼女の様子を静かに目で追った。
風が吹いて、裏庭の木々がざわめいた。陽光が葉の隙間から照を撃って、手を掲げて目を眇める。その瞬間を狙ったかのように狭い通路に駆け抜けた風が照の持っていたプリント用紙を一枚窓の外に浚っていった。
「あ」
 照が監視している人物…Lがそれに気がついて、ひらりと舞ったその用紙を地面に落ちる前にぱしっと指先で捌きとるのを、照は少々目を瞠って眺めた。
「魅上、先輩」
「すまないな」
 用紙を持ち直したえるが落とし主である照をみつけて近寄ってくるのに、照は平坦に礼を告げた。それにえるは軽く笑い「汚れなくて良かったです」とプリント用紙を差し出してくる。
(変わった女だ)
 この1週間ばかりその生活態度を見ていたわけだが、社交的という印象は見受けられなかった。自ら人の輪に入っていくわけでもなく、当たり障りなく接するわけでもない。ただ、物怖じない。
「?」
 差し出されたプリントではなく、腕をとった照に、えるは小さく首を捻って照の顔をまじまじと眺めてきた。
(ああ、本当に妙なやつだ)
 こんなにあからさまに視線をぶつけられた事が照にはない。
「反応速度がいいな」
「そうですか?」
「テニス部でも良いが、剣道部に勧誘すればよかったと思った」
「防具が暑そうですね」
「テニスコートも暑いだろう」
「確かに」
 短いやりとりを終えて、照はえるの腕を解放し、プリント用紙を受け取った。
「こんな時間に外に何か用か」
「ええ、風見鶏の記録をつけに」
 なる程、と言いながら照はこの時間にえるが風見鶏の記録をつけにくることを知っていた。
 これまで観察して来た様子でいうと、えるは夜神月の恋人としてひとまず及第点といったところだ。だが、二人きりで話をした事はない。一言二言の会話で何が分かるわけでもなかったが、それでもしないよりかはマシだと思い、最終確認としてこの場を選んだ。
 プリント用紙が風で飛ばされたのは計算外の出来事ではあったが、目的は果たされた。
 ならば…。
「ところで竜崎」
「なんでしょうか?」
「この学校には慣れたか?」
「ええ。刺激が多くて面白いです」
 なんとも素直な答えに、照は多少口の端の力を緩めた。確かに夜神月とのひと悶着に、入部拒否、先輩との渡り合い、転入早々の体育祭の実行委員の役目など、張り合いの多い毎日だろう。
「ならば、今度の生徒会役員選挙書記に立候補するつもりは無いか?」
「…私が、ですよね?」
 じっと黒い瞳が真意を探るように瞳を覗きこまれて、照は鷹揚に頷いてみせた。
「そうだ。夜神と一緒にな」
「………私は新参者ですが」
「構わない。私は会長になる。有能な者が欲しいのだ」
 会長候補者は他にもいて、まだ決まってもいないのに会長になると冷徹に断言した照に、えるは何の反応も見せることもなく、また恐れることもなく、その大きな目は照の顔から一度でも逸れることなく注視したままだった。
「…そうですね…」
 数秒の間のあと、やっと視線が離れる。
 えるが考えておきます、と返事をした。


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