■【タイム・リープ〜黒いトンネル〜】■ 04

そうして、当面のライフラインを確保した月らが確認したのは、
絶望的な孤独だった。


【タイム・リープ】
―黒いトンネル―#4


最低限必要なものを押さえてから、月らは再びモニタールームに戻り1時間もすると、最小限の電源以外を落として手錠生活で使っていた部屋に移動した。
モニタールームは世界中の警察にも進入できるだけのコンピューターを備えた画期的な部屋ではあるが、衣食住に適した場所ではない。その上問い合わせる相手も不在で、呼び起こしたいデータも眠っている状態ではただの電力の無駄だ。この要塞にだって無限にエネルギーがあるわけではない。
最低限持ち運びできるだけの機材と食料を引っさげて二人の部屋の扉をくぐると、何年間も無人だった形跡のなんともいえなさに身がつまされた。
(これは、未来に僕が体験するはずだった…)
Lを殺す、ということはつまりはそういう事だ。持ち主を失うはずだった部屋に、月らはいる。
(そういえば、ノートもレムもどこにもいなかったが…)
月は記憶を保っている。それがまだノートが存在し、月に所有権があるからなのか、この超常現象に整合性を求めるのがそもそもの間違いなのか。
「竜崎、ここが未来だなんて信じられるか?」
小さなキッチンでお湯を沸かし、部屋の方に残っていた未開封の茶葉で紅茶を淹れながら聞くと、いつものように椅子の上に座り込んだ竜崎は「さあ」ととぼけて見せてから「そうなんじゃないですかね」と爪を噛んだ。
「死神がいるくらいですから、タイムスリップがあっても驚きませんが…」
「そうじゃなくて、…言葉を変えるよ。ここが僕達の未来だと思うか?」
「…それこそ、YESともNOとも言いがたい質問ですね。まあ、少なくともこの本部があり、私の認証でここが起動するのなら、ある時点までは私が通っていた過去を経ているわけですが…」
「それにしては劇的な変化だよな…。10年で…なるか?こんな風に?」
「どうでしょうね…、誰も応答しませんし、隕石でも落ちましたかね…。でないとここまでの急激な変化はなさそうな気もしますけど…。相手が自然なのでどうとも…」
「そうだな…。…10年先の僕らはどうしているんだろう…?同時に存在するのか、もしくは」
「死んでいるかですね」
きっぱりと宣言されて臍を噛む。
しかし聞きたくない言葉だからと言って流すわけにはいかない。
蒸らしあげた茶葉を漉し、ティーカップに注ぐと月もこじんまりとしたテーブルに二人分の紅茶を並べると、椅子に座る。
「…頭が痛いよ」
「そうですね。でも、まあ、何故かは知りませんが、今こうして生きている。マイナスよりもプラスです。もしかしたら未来の情報を知りえたかもしれないとして喜びましょう」
「…そうだな。これが本当の未来なら、是非とも詳細を掴んで戻らないと」
キラが神になったとしても、人類が滅亡したら意味がない。
(しかし…また、このタイミングで…)
もし、この未来が真実ならば、Lを殺している場合じゃない。竜崎が今一緒におらず何も知らない状況ならば、月が夢とも幻ともつかないこの現象への対策を実行するために早急にLを抹殺するのは有効な手段といえるかもしれないが、この体験を一緒にしているのならば、Lとやった方が早い。Lを殺す事での弊害の方が多いくらいだ。
(死神じゃない方の神とやらがいるなら、まったくどっちの味方なんだ…)
「神とやらがいるのなら、一体私達に何をさせたいんでしょうね」
「!…何が?」
絶妙のタイミングで月の思考をなぞるように言われて喉がひくつく。対して竜崎はというと、奇妙な手つきで、しかし妙に優雅にティーカップをソーサーに戻しながらゆっくりと口を開いた。
「人ならざる者、死神というものがいるのなら…神がいたっておかしくはない。その見えない者の手で運命というものを転がされるのなら、人間に勝ち目はありません。…私は私自身の人生が全てレールに乗ったものとは思いたくありませんが…、もしも神とやらがいて、私や月くん、貴方の人生を操っているとするのならば―…一体私達に何をさせたいのでしょう…そんな埒もないことを考えていました」
竜崎らしくない、と月は思った。こんな状況に陥っても一つも顔色を変えなかった竜崎らしくない。そんな事に不満を覚え憤然としながらも月は相槌を打った。
「そうだな…もし、神がいたとして…。喩え、この状況が神に仕組まれたことだとしても…、僕は僕自身の信念や思想に於いて行動してきたつもりだよ」
(考え自体を操られて堪るか。…けど、もし竜崎の言うとおり操作された思考だというなら…、…ぞっとする)
「何もかも仕組まれていたとするのなら、今この考えでさえ意図されたものだとすれば―、その目的はなんだ?生きる意志を失わせること?冗談じゃないよ。僕は僕だ」
「そう―、そうですね。すみません、少しばかり平常心に欠けました」
月が言い捨てると、ティーカップを見つめたままの竜崎が唇の端をあげるので、月もふっと肩の力を抜いてそれから紅茶に口をつける。
「竜崎でもそんな事があるんだ?」
「それは、私も人間ですから。がっくり来ることもあれば平常心に欠けることだってありますよ。まあ、がっくりはし損でしたけど」
「…だから、僕はキラじゃないって言ってるだろ、しつこいヤツだな」
「…まあ、当面はそういう事にしておきましょう」
こんな非常事態だというのに、竜崎のあまりの執念深さに、月は苦笑した。




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