■【タイム・リープ〜黒いトンネル〜】■ 06

こんな状況であるにも関わらず、月は思わず吹き出した。

【タイム・リープ】
―黒いトンネル―#6


「失礼な男ですね…。笑ってる場合ですか」
「いや、悪い。でもお前がコートと救急隊員以外の格好しているの見た事なかったんだよ…」
幾分肉の厚さに欠ける竜崎がむくむくと少しまるっこくなった様子は、なんだか見ていて微笑ましい。上背は同じくらいあるので、幼児のようだとは言い難いが、そのさまは真冬に大量に着込まされた園児を思い出す。
「…少しばかり厚着しすぎましたか…」
「そうだね、いくら寒いっていってももう少し軽くした方がいいと思うよ?動き辛そう」
笑いながら一番上のコートを脱がせて月は思わず言葉を失った。
「………、なにそれ…」
「ただの重ね着ですが?」
「な、なんで他の服を着ないんだ!?」
「…ポリシーです」
「ポリシーじゃないだろ!?何この非常事態にバカなことしてるんだよ!っていうかどんなポリシーだよ!」
「…厚手のものを重ねるよりも薄手のものを幾つも重ねたほうが暖かいんですよ?」
「知ってるけど、限度があるだろ!?限度が!!何も全部いつもの服を重ねなくてもいいだろ!?3枚くらいでいいよ!!これじゃ逆に血管圧迫しちゃうだろ!ああもう一刻を争うとかいったのお前なのに!バカじゃないのか!?ほら、手をあげて!」
チッと舌打ちして力任せに一気に全部脱がせようとすると、バカとはなんですか、と言いかけた竜崎が、幾分焦った声で「月くん」と止めに入った。
「何?くそ、厚すぎて逆に一度には無理か…!」
「………」
胸元で団子状態になってしまった服の裾を戻して、仕方ないなと一枚ずつ脱がせることにする。
「ああもう、どうやって着たんだか…!」
ぶつぶつ言いながら一枚ずつ衣服を剥がして行く月に、竜崎がボソリと「失礼な」と呟いた。

竜崎の言うとおり、地上10階程度は既に地上ではなくなっていた。
そして6階までは冠水した上に凍っている。非常階段で降りゆく途中、氷床に阻まれて月は思わず呻いた。
「大惨事ですね…。ワタリが有能で助かりました。普通のビルに見せるには窓など作らねばなりませんが、遮断された密室を作っておいてくれたお陰で食料などは無事です。戻りましょう」
「…ああ、そうだな…」
一瞬自失状態に陥った月を気に留めるでもなく竜崎が促して、その後ろ姿を眺めてから、月はきつく唇を噛んだ。
(新世界の神になろうという男が、こんな事でいちいち自失してどうする…!!)
しかもいちいち竜崎に遅れをとっている。年の差を考慮してもこれは酷い、と自身を叱咤するも、想像を越える自然現象に急にぶち当たればどうしても頭がフリーズしてしまう。
(想像力を働かせろ!未来を予測するんだ!ありとあらゆる未来を、だ!竜崎に遅れをとることのないように、僕が僕というアイデンティティを保つために!)
ぐっと目を瞑ってそれから緩やかに開く。意識の入れ替えに成功したように、頭がクリアになっていった。
「竜崎」
「…はい」
「燃料はどれくらいある」
「…そうですね…、そんなに多くはない筈です」
「やっぱり地下?」
「はい」
「地下にあるもの、出来るだけ運び出そう。エレベーターが動かなくなっては困る」
「ええ、そうしましょう」
返事をした竜崎の声音が柔らかくなっているのをみて、月は憮然と視線を逸らすと急ごう、と竜崎を急かすように追い抜き、先頭を切った。




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