■【タイム・リープ〜黒いトンネル〜】■ 07

「凄いよな…」
「凄いですよね…」


【タイム・リープ】
―黒いトンネル―#7


元々非常用として管理されていたものだったから、当面必要とされるものは数時間で直通になっているモニタールームに運びだすことが出来た。そしてその荷物を更に二人の自室へ急いで詰め込むと、広い部屋は正に足の踏み場もないと言っても過言ではない程乱雑になっていた。
「とりあえず、体を動かしたし、そんなに寒くないのもあるが…外は随分冷えて来た、暖を取る部屋を決めよう」
「寝室ですか?」
「…いや、寝室には窓があるし、かといってここじゃ広すぎる。…キッチンはどうだ?」
「キッチンですか」
「ああ。ここは億ション並みに凄いから、簡易キッチンとはいえ十分広い。まあ、部屋と見なすには少し狭いかもしれないけど、今みたいな状況なら都合がいい。それにキッチンだから防火には他よりも気をつかってあるだろう」
「わかりました、それで行きましょう」
「流石に寝袋までは用意してなかったみたいだから、寝室から布団を剥いで来よう。僕がキッチンのいらないものを少し片付けて広げているから、竜崎は布団を引っ張ってきてくれ」
そこまで言ってふと竜崎が忍び笑いを漏らしているのに気がついて、「何だよ」と問う。
「いえ、ご自分を売り込むだけあって、有能だな…と思いまして」
「これくらいで有能と言われてもね。バカにしてるのか?」
「褒めているじゃないですか、捻くれてますね。さてはキラですか」
「……竜崎、今はお前と遊んでる場合じゃないんだよ。ほら、さっさと持って来いよ。電気も落とすんだからな」
「はいはい。まったく世界のLをこんな風に顎で使うなんて月くんだけですよ」
こんな非常事態だというのに、楽しんでいるような竜崎を月は形のいい眉尻を吊り上げて睨みつける。寝室に消えていった竜崎を見送ってから月は今までとは違う意味合いの溜息をついた。

1時間後、そのキッチンはこじんまりとしてはいるが建物の中とはいえサバイバル中とは思えない立派な部屋になった。
「思い切ったことをしたもんだよな」
「そうですか?暖房も使えない状態では少しでも暖かくしなきゃいけないでしょう?それには大きさに合わないものはそれに見合わせて、切断するのが一番合理的です」
布団をずるずると引き摺って来た竜崎は(抱えてもってこいよ!)キッチンに入った早々「床が寒そうですね…、絨毯を敷きましょう」などと月に告げた。
最初は「世間しらずの言いそうなことだ」と内心鼻で笑ったが、サバイバルナイフを取り出してリビングルームの絨毯を切り裂き始める様はいかようにも一筋縄ではいかないと思わせる。唖然としてその姿を見つめる月をよそに、竜崎は時折床を傷つけながら、淡々とビリビリと高級そうな絨毯を切り裂いていった。
(あーあ、幾らしたんだか知らないけど…)
月はその絨毯の正確な値段など知らないが、かなりの価値あるものだということは予想するまでもない。竜崎のこの思い切りのよい無頓着さはその価値観が麻痺しているからなのか、竜崎だからなのか、と少し悩んで両方だ、と判じ、頭を抱えたくなった。
「折角ですから、重ねたほうがいいですね」といいながら分割し、果てには椅子がないと落ち着きませんからと言って脚をぶち折り座椅子を作り始めたのを見ながら、そのハングリー精神に呆れ果て、月は今度こそ頭を抱えた。
そうして出来上がった部屋は、元が上等なもので作られているからか、思ったよりも上品に仕上がり、暖をとる為に設けられた炎は、まるでムードを演出しているかのように映った。
「我ながらいい出来ですね。インテリアコーディネーターも顔負けの洒落者です」
保存食の中には竜崎の為か、羊羹なども梱包されていて、パック一包みになった包装紙をベロリと剥くと、竜崎はそのままあぐあぐとそのまま食んでいる。
「お前のどこが洒落者なんだよ。これは素材がいいだけだ、素材が」
呟きながら、竜崎作の座椅子に座り低いローテーブルに肘をついて、呆れ果てた視線を投げつける。
「そむはほほぉは、ないへふよ。ほゆふは、らいほふんふぁ…」
「ああもう!口に物を詰めたまま喋るな!喋るなら先に飲み込め!飲み込むまでは喋るな!!!」
目くじらをたてて怒鳴りつけるように注意すると、竜崎が肩を竦めて、とりあえずは食べることに専念しだしたので、月も夕食を取るために、手近にあった缶詰を開封して温めた。
「向こうはどうなってるんでしょうね?」
「…ああ、あっちね…。…さあ。時間が進んでれば僕らが失踪したとか、誘拐されたとか、はたまたキラの手にかかったとか、そんなところじゃないのか?」
月が箸をつける頃には竜崎はすっかり完食していて、ティッシュで口許を拭いながらそんな事を呟く。
「…これは一体いつまで続くんでしょうね…」
「さあ…?原因が不明過ぎる。いつ戻れるのか、そもそも戻れるのか、何ひとつ分からない」
体を動かしている最中ずっと考えていた事だった。
どうしてこうなったのかが、さっぱり分からず、その苛立ちがとりあえずは数日を乗り切れるだろうと安堵した途端体を蝕み始めて、月は自然ぶっきらぼうになりつつある言葉を出来るだけ抑止するのに努めた。
「寝て起きれば戻っていた、っていうのだったらいいんだけどね。どうもそんなあっさりと解決しなさそうだし…?」
嫌な予感というのは、往々にして当たるものだ。そしてその予感は月を苛める。
(一朝一夕で解決する問題ならいいんだけどさ)
皮肉に歪む口許を出来るだけ隠しながら食事に励む。
目の前にいるのはどうせ月をキラだと断定しているLだ。これがただの夢なら、最初から取り繕う必要などはないし、今体験している事が現実ならば、尚更繕う必要などない。こんな状況で前向きに綺麗で生きられる筈がなくて、当然なのだし。
(しかし、参ったね…)
キラとして君臨してもなお、世界がこんな状況に陥っているということならば、それはもう人々のせいではなく、恐らく原因は自然現象だ。と、するならば本格的に先ほど考えた竜崎と一緒にこの未来を阻止する策を練ったほうがいい。こうなったらキラはしばらく廃業だ。火口が首謀者でした、ということで終わらせるしかない。…まあそれも、向こうに無事に戻ることが出来て、尚且つ時間が進んでいないことが前提の話ではあるが。
開封した食料を全て胃の中に収めて人心地つくと、背もたれに身を預けてしばし目を瞑る。
一度やるべき事を終えて、どうする事も出来ない状況で沈黙が落ちると、思考の渦に飲み込まれるのは仕方のないことだった。
(…これもキラとして対策を練っていたときと同じだ。少しくらいはきっちりと脳を休めてやれば自ずと活路も開けるってものさ)
「―…」
そうと決まれば寝るに限ると、ぱっと瞼を開けて話しかけようとしたところで、月はぐっと言葉に詰まった。
普段とは違う赤く少しぼけた陰影の中の竜崎が普段と違って見える。
理由は、今までは手錠生活であまり鎖の幅を取らないようにと常に隣に並んでいたからかもしれないし、いつも此方を観察するように凝視する竜崎の視線がないからかもしれない。
「…―?どうかしましたか?」
「…あ、いや。なんでもない。今日は少し疲れたし、もう寝ないかと言おうと思って」
月の凝視に気付いた竜崎が顔をあげて、月はフリーズから抜け出すと、いつも通りに口許を吊り上げて柔らかい口調で話しかける。
「…?はい。そうですね、月くんはよく働いてくれましたし、どうぞお先に」
「竜崎は?」
「火の番が必要でしょう?それに部屋の大きさの都合で布団は一人分しか入れられませんでしたから、交代で寝ましょう」
「…分かった。とりあえず3時間で起こして」
はい、という歯切れの良い返事を聞きながら、もそもそと寝床に入りこむ。
そしてパチパチという火の爆ぜる音を聞きながら、月は墜落するように眠りに落ちていった。



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