■【タイム・リープ〜月の選択〜】■ 03

「キラは最悪、自分の家族を殺すハメになる」
そう言った日の覚悟を覚えている。
月はもしも最悪の場合がやって来たのなら、その選択をとると確信している。
けれど、夢の中で月はやめてくれ、と叫んだ。
それは暗いトンネルの夢ではなかったが、十分に恐ろしい夢だった。


【タイム・リープ】
〜月の選択〜#3



月は透明な檻の中にいて、天上から下界を見下ろしている。
下界では異常気象により、大きな津波が襲ってこようとしていた。逃げ惑う人々の中、母が、妹がもみくちゃになりながら手を繋いで走っているのが見えた。
人波に押されて、その手が何度も引き裂かれそうになる。そして遂に幸子と粧裕の手が離れてしまった。粧裕が何事か叫びながら人混みを見回し、何か術はないかと辺りを見回して、それから天上から見下ろしている月に気がついた。
「お兄ちゃん!」と声がする。
「お兄ちゃん、助けて!」といわれ、月は戸惑った。何しろ自分は透明な檻の中に隔離されている。助けに行きたくても行ける状況ではない。そして月はここにいる限り無事でいられる。
ペタリと透明な箱状の安全な檻に手をあて、中から「粧裕!」と声をあげた。粧裕は迫り来る大きな津波を発見して顔を引き攣らせ、スーパーマンでも呼ぶように尚も「お兄ちゃん!」と月を呼んだ。
「お兄ちゃん、お母さんを助けて!」
月は目を見開いて、粧裕が波に呑まれるのを見つめた。「粧裕!」と叫ぶ。それから初めて檻を叩いた。
「粧裕!粧裕!!!畜生!止めてくれ!!!やめてくれ――っ!!!!」
自分の声に驚いて目を覚ました。
「大丈夫ですか?」
息をするのも忘れて、月を起こそうとしていたのだろう、目の前にある竜崎の顔を見つめる。
「…竜崎…粧裕は…、これは、夢か?」
「月くんが今見ていたものは夢です。けれどもここは現実です」
言われてはっと気がついた。
「粧裕は?父さんや母さんは?生きて、生きているのか?生きてるんだったら探しにいかないと…!」
がばりと起き上がって、布団から抜け出そうとする。その行動をがしりと竜崎に手を掴まれて阻まれた事で月は竜崎に喰ってかかった。
「何で邪魔するんだ!もし生き延びていたとして、こんな状況じゃすぐに死んでしまう!僕が助けに行かなくてどうするんだ!?離してくれ!!」
「月くん、捜索なら少なくとも夜が明けてからです。少し落ち着いてください」
「落ち着いてられるか!生きているなら一刻も早く助けに行かなくちゃいけないんだ!」
「ならば、どうして、今更?何故、最初から、思い出して、あげないんですか?」
噛み含めるように言われた残酷な事実に月は声を失った。
「…しっかりして下さい」
地を這うような声音から一転して、緩やかに労わるように言われて、思わず目尻に涙が浮かぶ。つぅっと膨れ上がったそれが頬を伝った。
「月くんはまだ18歳です。それが、普通です。大丈夫です」
慌ててその涙を止めようとした月に竜崎がそう断定して、月の頭を引きよせた。


「…本当に悪いと思ってる」
竜崎に断定されたという安心感もあって、一度堰を切った涙は止まらずにかなりの時間泣いてしまった。幾ら月が竜崎よりも年下の未成年といえ、すこぶるバツが悪い。
「別にいいですよ。偶にはそうやってストレスを発散しないと参ってしまいますから。それよりも随分と汗を掻いたのでしょう?着替えてください」
さも当然のように飄々と告げられて、月は「ああそうですか」と呟く。
「……竜崎はそういう事はしないの。なんだったら付き合ってやるけど…」
月だけが弱みを見せているというのも癪だからとそう提案すると、「私の心配はしなくていいですよ」と竜崎が笑う。
「お前だって人間だろ。それとも僕の前では出来ないとか?」
「いえ、そういうワケじゃないんです。なんかそういう機能が備わってないというか…」
「……なんだそれ人間かよ…」
憮然と返して月ははっと着替えの手を止めた。
「折角だから全部着替えるよ。一応まだ換えの服はあるんだし、ついでに体も拭いておこう。昨日の夜に取ってきた雪も少しは溶けてるだろうから好都合だ。ちょっと用意しよう」
「風邪ひきますよ?」
「大丈夫だよ、すぐだからさ。ついでにお前も着替えろよ。なんか、その、濡れてるし」
竜崎の服を月の涙で濡らしてしまった事を恥ずかしく思いながらつっけんどんに告げると、「………はぁ」という生返事が帰ってくる。優位に立つためではないが、月は子供を叱るような視線を竜崎に向けた。
「なんだ?着替えるの嫌なのか?確かにすぐに汗を掻くかもしれないけどそれを言ってたら着替えなんて出来ないじゃないか」
「いえ…、あの、一緒に着替えるんですか」
「?いつもみたいに交代だろ?ああ、でも一緒の方がいいか。お前待たすのも気が咎めるしね」
「いえ、気にしないでいいです。私は後で。…そうではなく…。…私はあまりそういう事を気にしない性質ですが、一緒に着替えるのは困るんです」
「ははっ!何が困るっていうの。もしかして、僕がお前を襲うとでも?そんなに困ってないし、男を襲う趣味もないよ?」
「……月くんの言い分は分かりましたが、見られたくないといったら見られたくないんです。体を拭け、というのなら少しの間ですから部屋の外にでるか、せめて後ろを向いていてください」
冗談めかして竜崎をからかうと、いつもの無表情で断固として断られて、流石に眉をひそめた。
「…どうしたんだ?昔の傷でもあるとか?」
「一々理由を聞くなんてデリカシーがありませんね。月くんは私に借りが沢山あるはずですが?」
「…分かった、分かったよ。そこまで言うなら用意した後外で待っててやるよ」
「有難うございます」
身勝手なんだから、と月はぶすっと不貞腐れた。


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