■【タイム・リープ〜月の選択〜】■ 04

家を見にいかなくていいんですか、と聞く竜崎に、
月はいいんだ、と答えた。


【タイム・リープ】
〜月の選択〜#4



夢にうなされた夜、月は火の番をしながら眠る竜崎の顔をしげしげと眺めた。
着替えをしたあと結局家には戻らなかった。どうせ家は氷の中だ。そこにいるとすれば生存は望めないし、そうでないとすれば、もうどこかに散っている。戻る意味がない。
その代わり、周囲の様子を見ながら警察庁か警視庁に向かおうという話になった。氷漬けになってからどれだけの時間が経っているのかは分からないが、上手くいけば情報を得ることが出来るかもしれなかった。
ただそれも今すぐという訳にはいかず、少しずつ周囲の建物を探りながら進むことに決めた。何せ警察庁も警視庁も結構な距離がある。一気に向かうには分が悪い。屋上に格納してあるヘリを使うのは南に逃げるための最終手段だ。
(それにしても、凄かったな…)
今日、改めて建物の外に出た月は絶句した。
厚く垂れ込めた灰色の空に、無機質な廃墟の群れ。凍てついた氷の大地に、それをも埋め尽くした雪が更に覆い隠そうとそうとするように、舞う。
不毛な景色を思いだして月はぶるりと身奮いをした。今更ながら独りではなくて良かったと思った。一人だったら今頃発狂している。
自分以外の温もりが傍にある。それに近寄ろうとして、逡巡する。この間それで手痛いしっぺ返しを受けたばかりだ。
(でも、あれは僕がキラだと自白するのを待っていたからだし…)
ならば、もう無理をして起きているということもないだろう。
月はそろりと竜崎の枕元に忍び寄るとこの間のように壁に背を預けた。近寄ると一層竜崎の呼吸音が聞こえて安心できた。
(…一体竜崎は何を隠そうとしてたのかな…?)
思いつくのは、酷い傷くらいだ。竜崎の過去は不明だし、Lとしての職業を考えたら、死線を彷徨ったことがあってもおかしくないと思う。
だが、竜崎は竜崎自身の言う通り、あまりそういう事を気にしないやつだ。むしろこちらが驚いて視線を逸らしてしまうまで気付かないような。
こちらに来てから現状ではどうにもできない大きな怪我をして、それを隠しているという線はないだろうから、放っておいてもいいのだろうが…。気になる。
(…まさか本当に自分の身の危険を感じただけ?…僕に男を襲う趣味があるとでも思っているのか、こいつは)
だが、死の危険に直面した場合、種を残そうと本能が訴えるという。もしかしたら竜崎はそういう事を危惧したのかもしれなかった。
(でも男相手に有り得ないだろう。っていうか、男女関係なくむしろこの竜崎相手に…)
キラとLという枠組みを外したとしても、竜崎は気はあうが、気に食わない相手でもあった。
無条件に、と言ってしまいたいが、それはおそらく竜崎と月の経験の差に起因するものだろうと月は考える。月と竜崎の経験の差は時が経てば解消する問題では無い。月が進んだ分だけ竜崎も進む。子供っぽいといわれるかもしれないが、そんなどうしようもないコンプレックスが…ないではない。
「ともかく、竜崎相手に、無い」と言い聞かせるたびに、反比例して胸の内から何か沸々と湧き上がってくるのを感じて、竜崎の寝顔から目を逸らした。
眠っている顔が思ったよりも繊細だからといって、竜崎は竜崎なのだ。
思わずそわそわしてしまって、燃料を足しにいく。そして視界が広いのでいつも竜崎が座っている席に戻ってしばらく、逆に竜崎の寝顔が視界に入ってしまって落ち着かない。恐らく、月がいつも座る席に戻っても、今度は寝息が気になりはじめるに違いない。
(どうする?外の様子でも見に行くか?)
こうなったらこの部屋を出るほうが吉かと思ったが、以前竜崎を怒鳴り飛ばした手前勝手なことは出来なかった。
しばらく気もそぞろにこれからの事に頭を巡らしてみる。竜崎を起こすまで後2時間。それさえ我慢できればとりあえず、どうにかすることが出来る。
「心頭滅却すれば火もまた涼しだ」そう言い聞かせてそれに成功しかけた途端、竜崎が寝返りを打った。それにビクリと大袈裟に反応して、一気に心肺数の上がった心臓を宥めながらただの寝返りだ、と竜崎をみやると、タイミングの悪いことに丸い背中がチラリと覗いている。
内心でチッと舌打ちして、布団を掛けなおしてやるために近寄る。
しかし、掛けなおそうとした布団を竜崎は握りしてめていて、挙句寝返りを打った際に巻き込んで下敷きにしていた。布団を掛けなおすといっても一筋縄にはいかない。月は「なんなんだコイツは」と唸った。月がこんなに苦心しているというのに。
仕方なしに竜崎の肩に手をかけ、上向けに転がした。途端、竜崎が「うぅ」とむずがって、それを両肩を押さえるようにして封じ、更に手の内に握りこまれた上布団を引き剥がす為に竜崎の指に触れた。
(面倒かけるなよ…)
一本一本指先を解き放たせる。竜崎の指が布団を再び握り込もうとしているのか、月を拒否しようとしているのか、月の指先に絡まった。
『手を繋ぐ』という行為が、キラと告白させられた日の、なんともいえない気持ちを甦えらせた。遂に欲求が理性を凌駕して、月はそのまま竜崎の唇を塞いだ。
だがそれは一瞬で終わるはずだった。
欲求に降伏したのは、口付けたことで男とキスなんて、という思いに目が覚めるだろうという打算に賭けたからだ。
埒もあかない思いにじくじくと蝕まれるくらいなら、いっそさっさと蹴りをつけてしまった方がいいと思ったのだ。
もしも、竜崎が目を覚ましても、「確認しただけさ。やっぱり絶対ダメだね」とでも言えば済むと思った。最初竜崎は警戒するかもしれないが、月に他意がないと知れば不愉快気に思うだけで終わらせるだろう。
なのに心も体も月を裏切った。久しぶりの他人の体温に制御が効かなくなるなんていう失態を犯してしまった。口付ければ、その唇は適度に生ぬるく、思ったよりも柔らかく、そして甘かった。
自覚する間もなく、ぬるりと舌が滑り潜る。
竜崎が小さな声を上げた。それを気に留めることもなく更に体を密着させようとしたところで竜崎の膝が鳩尾にめり込んで、月は弾かれるように体を離した。同時に絡んでいた指先も離れる。
「…っげほ!!!」
「…なんてことをするんですか、貴方は。噛まなかっただけ有難く思いなさい。手加減はしました」
唇をぐいっと拭いながら竜崎が起き上がる。油断も隙もありません、と上着を羽織ながらこちらに侮蔑の視線を向けた。
「興味ないんじゃなかったんですか?寝込みを襲うなんて最低ですよ」
最早言い訳する言葉も持たない月は、「寝てたのに凄いよね…痛いよ…」と蹴りに関する感想を述べてわき腹を抱えたままごろりと寝転んだ。
(でも僕の手を握ってきたのは、お前じゃないか…)


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