■【タイム・リープ〜凍結氷華〜】■ 08

竜崎は自分の胎内から出て来た月の白濁を手に取ると
理解不能です、と呟いた。


【タイム・リープ】
〜凍結氷華T〜#8


一度すればもう同じだ、なるようになれ、と腹を括ったらしい竜崎が「やられたままは性分ではありません」と月を押し倒し、これでもか、という程に愛撫を繰りかえした。つまりやり返されたのだ。それが信じられないほど良くて、月はやっぱり竜崎は怖いと思った。散々喘がされてしまったが、まあこれでフィフティ・フィフティなのだろう。
その際に竜崎が月の肉体の変化に気付いた。「成長していますね」と言われて初めてその体に銃痕があるのに気付く。どうやら、2重にタイムリープをした月の体はYB倉庫の死の間際からリスタートらしい。竜崎がその傷跡をれろん、と舐めた。
そうしてそのままよく分からなくなるまで交わった後、倒れこんで思う存分惰眠も貪った。目覚めると、炎が消えかけていて、月は慌ててガウンを羽織直すと燃料を足しに行く。
一気に火が爆ぜて暖かくなった室内で朝食の用意を始める。更新された食料の良いところは、最新技術が駆使されているということだ。レトルト仕様のものでも、格段に消費期限が伸びていて、安心して食べられる。
「りゅーざき、起きなよ」
竜崎は人の気配に敏感で、月がここまで行動すれば、常日頃なら必ず覚醒するのだが、今日はそれがない。ぐっすりと深く眠っていて、月が声をかけて髪の毛を弄っても死んだようにピクリとも動かず、どうしたもんかと月は頭を捻った。こんな時勢でなければ、たっぷり寝かせてやりたいと思う。竜崎の眠りは浅く短い。常人ならばとっくの昔に倒れるか過労死だ。月は竜崎の胆力の強さに半ば呆れながら腕時計に目を配ってから、寝かせてやることに決めた。文句は出るかもしれないが、月がそれを聞けば円満に解決する。
そうと決めると、熱く絞ったタオルで身を清めてから着替えて食事にした。その間も竜崎は目覚める気配もなくすやすやと寝息を立てている。竜崎の分のお茶をポットに入れてからその場を少し片付ける。竜崎が寝ている間はその隣でワタリの作った栽培キットを部分的に組み立てていけばよい。それならば文句も最小限にしか出ないだろう。
材料を取りに行く前に、そうだと思い立って、寝入っている竜崎の頬にちゅっとキスをして「行ってきます」と言ってみる。新婚さんごっこなんてらしくない。けれど、そんな一つの遊びのようなごっこでも、何故だか心は晴れやかだ。
そんな自分がおかしくて、月は竜崎を起こさないように笑いをかみ殺した。

結局竜崎が目を覚ましたのは月が目覚めてから実に3時間半も経っての事だった。
「…今、何時ですか?」
「ん?起きた?」
竜崎の声に目を上げると月に背を向けて寝ていた竜崎が寝返りを打ってこっちを向いていた。少しぼんやりとした視線で問われて、月は時間を確かめる。
「……10時?」
「10時!?」
竜崎ががばっと起き上がる。次いで「何で起こしてくれなかったんですか」と詰られて「ごめんごめん」と謝った。
「よく眠ってたから」
「…そんなに深く眠ってましたか」
竜崎が眉を顰める。それにうんと頷くと「とんだドラックです」とガリリと爪を噛んだ。
「あー、薬物に耐性あるんだ?」
「当たり前でしょう。Lですよ?」
言われて「そうだね」と返す。月も4年の間『L』を勤めた記憶があるが中身はキラだとしても一般人でしかない。一々差がでるよな、などと思いながら漸く自身が裸であると気付いた竜崎に頷いて見せる。
「うん、早く着替えないと襲っちゃうよ?」

着替えの最中、竜崎が三度ほど顔を顰めた。
一度は零れ落ちた月の体液が出て来た時で、竜崎は嫌そうな顔をしてそれを奇妙な手つきで掬いとると「理解不能です」と呟いた。
月はその理解不能が何を指しているのかな、と思ったが敢えて聞かずに置いた。月もいまいちピンと来ないからだ。どうしてそういう性になっているのか、そうした事で新しい命が生まれるのか。知識はあっても、実感としてはピンと来ない。
それで反応を示さずに手元に集中していると、竜崎は何かを考えて自身に指を這わせ、すぐに諦めてバスローブを下半分だけ腰に巻いた。どうやら、衣服が汚れるのを嫌ったらしい。
それから月の用意した蒸しタオルで体を拭う途中でまた顔を顰める。ゴシゴシと力強く拭き出して、月は「あーあ」と心の中で呟いた。折角綺麗な肌をしているのに。…けれど口を出したところで不興を買うのは目に見えているので、黙ったまま作業を進めた。
そして3度目。上着に腕を通した所で、竜崎が低く唸ると「月くん」と呼んだ。
「何?」
「…何か巻くものを持って来てください…」
「ん?どこに巻くの?」
「……胸部です」
「胸?…どうして…あ、ああ。なる程ね。分かったけど―、下着の方がよくない?そもそもトランクスまで穿かなくても…」
「私、体を締め付けるものが嫌いなんです。あんなもの排卵の時だけでいいです。上の方もなんかもっと面倒臭いです」
「…ああそう。まあ、竜崎の希望に添えるように探してくるから…ちょっと体見せてくれない?」

竜崎に蹴り飛ばされそうになって、寸での所で逃げ出した月はくつくつ笑いながら、自分の好みにあいそうな下着を物色しに部屋を出、この程度なら竜崎も了承してくれるだろう、という所と、月の好みを足して割ったくらいの女性物の下着を見つけだして竜崎の元にほくほくの体で戻った。
竜崎は「私が言ったのと違います」と言いながらも渋々それに着替えてから、シーツを替えている月にテーブルにつくように言った。
「…それでこれからの事なんですけど」
「うん」
コポコポと用意された魔法瓶のお茶を怪しげな手つきで注ぎながら竜崎が言う。
「これから、ここを生き残った人々を救済する基地として活用します。メロも来ますし、指揮は私でなければ無理でしょう。万一出来ていたとするならば、子育ては全面的に任せます」
「うん。……ん?ええ!?ちょ、ちょっと待てよ」
「…ではこれでー、ってどっちなんですか」
思わずガタっと腰を浮かす月に、竜崎はにべもない。
「命の危険がある以上本当は子供なんて産みたくないんですよ。けれども、もうその可能性がある以上仕方がないじゃないですか。確かに次世代を作らねばならないのは確かですからその場合は産みます…が、その後は月くんにお任せします。ここまで私との約束を反故してくれたんです。それくらい覚悟の上でしょう?ああ…その際にはキラの思想を埋め込まないように」
「……この齢でシングルファザーになれって?そういう意味?」
「全面的に、とお願いしました。時折介入はするつもりですが…、そういう意味にとってくれてもいいです。それに月くんは23歳でしょう、出来なくはないです」
「…え…?ああ、そりゃそうかもしれないけど…目の前にお前がいるのに僕一人で育てろって?」
「ええ。月くんは償いをするべきだと思いますが、指揮を任せるのに貴方では役不足です」
「なっ!」
「ほら、すぐにカッとなる。確かに月くんがこちらに残ったのは結果オーライだったかもしれません。けれど、もしもあの時に戻れていたら、未然に防ぐ、もしくは発生をもっと遅らせることが出来たかもしれません。その可能性だってあったんです。そうすれば当然下準備だってもっと進んでいたでしょう。それを月くんは自分の感情を優先させると言った。任せられますか」
ギリ、と月は奥歯を噛み締めて耐える。こういう奴だと分かってた、分かっていて好きになって、竜崎の言い分を無視して抱いたりした。
けれど。
「……お前の感情って一体どこにあるの…。確かに僕は身勝手なんだし、お前の方が指揮を執るに向いてるんだろう。…でも、お前にとっての、僕って何?」
「その問いにはこの間答えました」
「いいや、答えてないね。分からないっていうのは答えじゃない。…お前は酷いよ、僕がこんなに」
お前のことを好きなのに。
しかし月はその言葉は言下に封じた。それを言ってなんになる。空しくなるだけだ。
けれど竜崎は月が咄嗟に隠した本音を白日の下に引き摺りだした。
「そんなの私には関係のないことでしょう。それに好意を寄せられたら必ず返さなければならないんですか?それを月くんが言うんですか?」
揺るがない黒い視線に責めるように言われて月は瞼を伏せた。ズキンと胸が痛む。
確かにそうだ。好意を寄せられたからといってそれは返さなければならないものではない。竜崎を好きになるのは月の勝手だ。求める気持ちが湧き上がるのも自然の摂理だが、それを竜崎に強要していいわけがない。
(…これじゃあ僕は…、その辺のバカ女と一緒だ。ミサの事を笑えない…)
その挙句、月は竜崎の気持ちも確かめず行為を行った。
本当ならば、竜崎は月と一緒にいる必要性さえないのだ。生き残りがいる、ワタリや後継者達がいると分かった時点で竜崎には新しい選択肢が増えていた。ことごとく竜崎との約束を反故している大量殺人犯のキラを処置なし、と牢獄にいれることだって出来たはずなのだ。
けれど竜崎はそれをしないでくれた。
ここにはまだ生き残りがいるから、Lとしての最良の道をとっただけなのかもしれないが、どちらにせよしないでくれたのだ。その上、不本意ながらとはいえ抱かせてもくれた。
月は竜崎が『特別』視してくれているのだと知って、有頂天になっていたのだ。心が知りたいといいながら、それを無視した。竜崎が月を見放しても仕方のないことなのかもしれない。
(僕は僕の恋が成就する可能性を自分で殺したんだ…)
まさしくキラにお似合いの成れの果てではないか。
「いいですか」
悄然と項垂れた月に竜崎の静かな声がかかる。
月はそれに小さく頷いた。


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