■【俺様模様】■ 06

神サマは願いを一つ叶えてくれたけど、2つはきっちり反故にした。

【干渉と妥協】

「てめぇギルベルト!どこ行きやがったーー!!」
「フェリシアーノ逃げるなー!」
学校が始まって以来1日に一度は確実にどちらかの声を聞く。それが学園の風物詩になりつつあった。
ギルベルトは「うへぇ」と舌を出して、用具室の屋根の上でごろんと寝っころがった。
毎日毎日退屈な授業を6時間も受けていられるかってーの、と吐き捨て、少し寒いけれど気持ち良く済んだ青空をぼおっと眺めた。
遠くでルートヴィッヒの怒号とフェリシアーノの泣き声が聞こえる。頑張れフェリシアーノちゃん、とギルベルトは心の中でそっと応援をしてあげた。
本来なら一緒に逃げられればいいのになぁ、とギルベルトはぼんやりと空を眺めながら思う。フェリシアーノと一緒にエスケープなんてなんて素晴らしいのだろう。しかしこちらがエスケープのプロだとしたら、向こうは追いかけるプロである。フェリシアーノと一緒に安全に逃げ切るなんてはっきり言って無理難題である。
しかし、その追いかける方のプロであるアーサーの怒鳴り声はしばらく前に沈黙した。恐らくギルベルトの策略に引っ掛かって検討違いの所を探しているのだろう。
「ケセセ!流石俺様!」
ギルベルトは痛快、と小さく笑い声を立てると、のんびりと目を閉じた。
今日まで何度もさぼりを阻止されていたが、実は計画通りである。
しばらく同じような所に隠れていたのは罠で実はこの日の為の伏線だったのだ。
毎日同じような場所に隠れていれば、当然そこを重点的に探すだろう。もしかして、と思った時には後の祭りだ。最低でも1時間は確保されていると思ってもいいだろう。
(昼メシ後の授業とかほんとタリーんだよなぁ…。)
ギルベルトは満腹感から来る眠気にふああ、と大きな欠伸を漏らした。こんな所をアーサーかルートヴィッヒに見つかったらたるんでるだの何だの言われるに違いない。二人してなんて窮屈な人間なのだろうか。
(なのに追いかけて来るんだもんな。)
学校でも寮でもアーサーの監視下に入っていなきゃならないなんていい加減息が詰まる。実家では弟であるルートヴィッヒだ。24時間、品行方正で真面目に…だなんて、片っ苦しくて仕方ない。
同室になって酒による醜態をさらして暫くは死にたい死にたいとギルベルトと顔を合わせようとしなかったが、今ではギルベルトがエスケープする度に全力で追って来る。どうやら、ギルベルトが抜け出すと連帯でアーサーまで授業が受けられないようなのだが、あいつは頭がいいので多少ギルベルトがエスケープしても問題ないだろう。
「つーか、あいつらも真面目に追い掛けて無いでサボっちまえばいいのに…。俺様って頭いーぜ!」
堂々とサボれるのにバカなヤツだとせせら笑っていると、地獄の底から響くような低音が頭上から降って来た。
「ほお、いい度胸だなぁ、ギルベルト?お前の頭が良かったら、俺が一々労を割かずとも済むんだってそのポンコツの頭はいつになったら理解するんだ?」
「げ」
「行くぞ」
冷たく吐き捨てられて渋々体を起こす。ぐずぐずしていると屋根から蹴落とされそうな気がする。
「はあ…」
授業開始25分。もう捕まえられてしまった。作戦は失敗と言わざるを得ない。
(ちっくしょー…)
小さく舌打ちをしてとぼとぼと屋根から降りると、アーサーが眼光鋭く睨みつけて来て、ギルベルトは思わずハンズアップしてしまった。
「舌打ちとはいい度胸だなぁ?ギルベルト?…ったく毎日毎日無駄な労力使わせやがって。こっちの身にもなれよ」
「自分が授業が受けられ無いにしても毎日毎日追い掛けて来るなよ…。たまにゃお前もサボりゃいーのに」
「馬鹿か。なんで高い金支払ってんのに授業さぼるんだよ。そんなに暇が欲しいなら今すぐやめちまえ。金が無駄だ」
辛辣な言葉にギルベルトは唇を尖らせた。何もそこまで言う事は無いだろう。
「ちぇー。学校は青春しに来るところだろー。それにちょっとのサボりくらい息抜きの内だろー。きちんと息を抜いてこそ、勉強も集中出来るってもんじゃねーか。なぁ、毎日時間ロスするよりもさぁ、数日に1日でいいから1時間程サボらせろよ」
「却下だダブリ野郎」
「…アーサーてめー口悪いぜ…」
折角フェリシアーノちゃん級の可愛い顔してやがんのに勿体ない、とギルベルトがげんなりしているとアーサーはふん、と男らしく鼻息をついて冷たい視線を寄越して言った。
「一度認めたら芋づる式になるに決まってる」
「全くだ」
「げ。ルッツ」
反駁しようとしたら、いつの間にか、近くまで来ていたらしい。ルートヴィッヒがフェリシアーノを引きずりながら会話に混じって来た。
「『ちょっとだけ』がちょっとで終わった試しが今までにあったか」
そう言えば、ルートヴィッヒの方は中学の頃にも同じような事をしていたなと思い返す。最後の方はずるずるとフェリシアーノに押し切られる方が多くなっていたようだけど、進学を機に態度を新ためることにしたようだ。
「全く。義務教育では無いのだから、いい加減にしないと兄貴のようになるぞ」
「ヴェー…」
それは嫌だったのかフェリシアーノが悲しそうに泣く。ちょっとガラスのハートが傷ついたが、ギルベルトは引きずられているフェリシアーノを見て口を開いた。
「あーあー…今年は俺様ずっとこうなのかよ気が滅入るぜ。なぁフェリシアーノちゃん、来年は一緒の部屋にならないか?靴紐だって結んでやるし、ギリギリまで寝てたって俺様は文句言わないぜ?」
もう学園の中は諦めるにせよ、せめて寮の中でくらいは口煩く言われたく無い。アーサーはギルベルトの成績を知ってから、毎日の如くギルベルトを机の前に座らせる。
はっきり言って凄くウザい。
「ヴェッ?!」
「特に何もなきゃ同室のままになるけど、学年の区切りには申請すりゃ結構聞いて貰えるんだぜ?」
ちょっとばかりウンザリしていたのだろう、嬉しそうな声を上げたフェリシアーノにギルベルトは畳かけた。
「…おい。そんな事をして…」
「いいじゃねーか、ルートヴィッヒ」
「アーサー?」
ルートヴィッヒの反駁を遮ったのはなんとアーサーで、ルートヴィッヒもギルベルトも驚いて彼を見つめる。
アーサーはギルベルトとフェリシアーノを一瞥してから、すっとルートヴィッヒに近寄った。ぽんぽんと労るように腕を叩いて口角を上げた。
「いいじゃねーか。こいつらがそうしたいって言うならそうさせれば。今は同室で連帯責任みたいになってるけど、部屋が変われば解放されるし、俺達だって来年は生徒会とか忙しくなるんだから、そっちの方が嬉しいだろ。こいつらが留年したら、もっと煩わされないで済むし、なぁ?こいつらいない方が楽しい思い出だけ一緒に作って行けると思わねぇ?高め合える相手が同室の方が…、俺は、嬉しいぜ?」
「いや…、でも…その…アーサー…」
流暢に流れる意味深な言葉と共に、いつもフェリシアーノがルートヴィッヒにするように、アーサーがルートヴィッヒに体を寄せると、その腕に自身の腕を絡みつかせた。
「なぁ?」
そしてこれはフェリシアーノには出来ないであろう、媚を含んだ視線で掬い上げるようにルートヴィッヒを見つめた。それから、艶然と笑いかける。ルートヴィッヒの顔が赤く染まった。
「…あ、あ、アーサー…っ?!」
「それともお前、俺と同室は嫌か?」
(なっ!なっ!なっ!)
眉尻を下げて寂しそうにそんな事を聞かれたら、純情なルートヴィッヒでなくとも『そんな事はない』と誘導されてしまうだろう。今の今まで文句を言っていたギルベルトとて、『いや、そんな事はねぇぜ!』とか言ってしまいそうである。
「いや、その、べ、べ、別に…!」
「ん?」
可愛らしく小首を傾げられて、きらきらと光を反射する翠眼に見つめられて、ルートヴィッヒは真っ赤になって小さく両手を上げ、言葉にならないのかしきりに首を振っている。
(ちょ、おおおおい!!)
「うわーん!頑張るから見捨て無いでー!!」
しかし、焦ったのはルートヴィッヒやギルベルトだけではなかったらしい。アーサーに言い寄られて思わずフェリシアーノの首根っこを離してしまったらしいルートヴィッヒのお陰で自由になったフェリシアーノがどーん!と二人の間に突撃した。アーサーはまるで予定調和のようにひらりとそれをかわしている。
「…フェ、フェリシアーノ!」
「お?そうか?それならまあ頑張れよ。勉強なら俺も見てやらない事も無いんだからな」
(こっ、この二枚舌…!厚顔野郎!!ちくしょー、マジ焦ったじゃねーか!!)
素直なフェリシアーノは「頑張る!」と涙ながらにルートヴィッヒの腕に小判鮫のようにひっついている。アーサーはさっきまでの色を含んだ顔はどこへやら、フェリシアーノの頭を撫でつつ「授業中に真面目にやれば、夜はしっかり眠れるだろ?」なんて優しい顔してフェリシアーノをコントロールしているではないか。ルートヴィッヒは状況についていけずに挙動不審に二人を眺めている。
(…なんつー強かさだ…)
ギルベルトは仕掛けられた三文芝居に、けっ、と悪態を吐き出した。顔はいいが、癖が強すぎる。
(…マジ焦って損したぜ…)
やってらんねー、とギルベルトが息を漏らしていると、アーサーはくるりと此方の顔を見て言った。
「因みにお前。マジで休みたいって言うんなら、俺は別に構わないぜ?」
「えっ?!どどど、どういう意味だよ!?」
さっきの今だ。ビックリして声を上げたら、アーサーはパシンと拳を掌に合わせて笑った。
「その代わり保健室送りだが覚悟はいいよなぁ?」
チンピラも真っ青なあくどい顔で脅されて、ギルベルトはしおしおと肩を落とした。


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