七転八倒堂

情報戦は得意な方だ。
「はい」
真面目に頷く彼を見てこうしていると日英同盟のあの頃を思いだすなぁと、イギリスは少しだけはにかんだ。


「酷いじゃないかいイギリス！」
土煙をあげながらやって来たのは今度こそアメリカだった。
パターン！と扉ぶっ壊れてねぇか？な勢いで侵入して来たアメリカに、イギリスは紅茶をたしなみながらチラリと視線をやった。これは予定の範囲内、むしろ予定通りである。イギリスは落ち着き払ってティーカップをソーサーに戻した。
「何がだ？」
「何がって日本の事だよ！日本と君が付き合うなんて認められないんだぞ！」
「何でだ？」
「だってそうだろう！俺の方が先に告白したんだぞ！」
唾が飛んで来そうな勢いでこちらを非難するアメリカに、イギリスは余裕ぶって体を背もたれに預けると泰然とした様子で足を組み変えた。
「ああ、確かにそうだな。だが、お前が告白したというだけで日本は返事をしていなかっただろ。お前らがまとまってから俺が告白するのは確かに邪道だよな、でも付き合う前なら名乗りを上げたっておかしい事じゃ無いはずだ。何か問題でも？」
「問題大ありだよ！俺の立場はどうなるんだい！」
「お前は俺達の恋のキューピットだ。礼を言うよ。サンキュー」
「だから、なんでそうなるんだい！」
皮肉混じりに言ってやるとアメリカがポコポコ蒸気をあげだして、イギリスは肩を竦めた。
「…本当にお前は空気が読めないな。確かにお前は俺より先に告白したかもしれない。だけどな、俺はお前よりも先に日本の事が好きだったんだよ。本気でも無い奴に奪われるなんてねーよ」
「でも俺は君が彼の事を好きだなんて知らなかったんだぞ！」
「それはそうだろ。知られないように気を付けてたんだからな」
この辺の問答も実に想定内である。なんだかんだ言っても長い間アメリカを育てて来たのだ。これくらいの予測はつく。
「そんなのおかしいんだぞ！好きなら好きだって普通言うんだぞ！」
「ばっかお前、そんな事言って断られたらどうするつもりだよ。フられた挙げ句友達だって無くすんだぞ。お茶にだって誘えなくなるじゃねーか」
「…………」
「お前はそういうの気にしないのかもしれないけどな」
「…君って友達いないもんね」
（…くそっ！わかっちゃいたがムカつく！）
何か憐憫のただよう視線を向けられても腹立たしいばかりである。
しかしここは作成通りと喜ぶべきであろう。
イギリスが心の中で葛藤していると、肩を竦めたアメリカが「でも」と話を長引かせた。
「君の事情は分かったよ。でもどうして日本が君を選ぶんだい？俺は君みたいに頭も堅くないし、若いし、ヒーローで格好いいじゃないか。俺を選ばないなんて変じゃないか！」
「…お前な…。 …まぁ、その、なんだ。に、日本も俺の事、前から、その、好きだって…」
ちょっとごにょごにょしてしまったが、まあある意味リアリティがあっていいだろう。
赤くなった顔でちらりと様子を窺うと、アメリカが変な顔で押し黙っている。
もう一息かとイギリスは更に口を開いた。
「ま、まあ、お前と日本じゃ年も違いすぎるからな…。なんたって俺よりも年上なんだし、日本にとってお前は子供みたいなもんだ。むしろ若すぎんだよ。それにお前だって日本とは仲がいいかもしれないが、近代化を始めたての戸惑ってた日本にあれこれ融通利かせてやったのは俺だったんだ。そもそもお前が横槍入れなきゃ英日同盟だってー………」
「嫌だぞ！！！」
「は？」
最後の辺りはいつもの愚痴と化しつつあった口上をアメリカの声が遮る。
「そんなの嫌なんだぞ！君達が俺より仲良くするなんてダメなんだぞ！どうしても別れないって言うんなら、俺も混ぜるべきなんだぞ！」
（えええー？！！）
「ちょっ、おまっ、何言って…」
「こうなったらフランスにも協力して貰うんだからな！くたばれイギリス！」
「えっ、ちょっ、待て！」
来た時同様、慌ただしく立ち去っていくアメリカの背中を見て、イギリスはがっくり肩を落としたのだった。


「フランス！今からイギリスと日本と俺と君で４Pするんだぞ！」
うん、事前に連絡もらって分かってはいたけど、破壊力半端ねーなー。
フランスはそう思って少しだけ笑った。
「で、どーしたの」
『凄ぇ勢いで行ったから鍵開けとけよ』
忠告通りにしておいたが、それでもネジの一本くらいはどーにかなったかもしんねぇなぁ、などと考えながら特攻坊やに視線をやると、彼はぷりぷりと怒りを表した。
「しらばっくれるのはよしてくれよ！どうせイギリスから連絡が来てるんだろ？」
「まぁねぇ。大体の事情は聞いたけど」
「じゃあ話が早いね！フランス君４Pとか好きだろう？！今すぐ行くんだぞ！」
「いや、待て待てアメリカ。そりゃお兄さん４Pとかも好きですよ？でもそれは相手の合意があっての事。両思いのカップルの仲を無理やり掻き回すような事は出来ないよ。それにイギリスと日本じゃお前は無事でも俺は殺されちゃう」
「なんだいフランスの意気地なし！前は一緒に同盟結んでくれたじゃないか！」
「いや、あれは国益絡む同盟だからね。今回は個人の話でしょ。お兄さんだって命は惜しいもの。諦めなさいよ」
「それは嫌なんだぞ！」
「もー。困ったちゃんだな。そんなにしたいんならお兄さんとすればいいじゃない。猫でもタチでもどっちでもいーよ？」
イギリス、貸し一つな。
報告は面向きにしかされていない。けれど長い付き合いだ。からくりなんて全てお見通しで、だからこそイギリスも皆まで言わない。事情を口で言わなければ、いくらフランスが確信を持っているとしても、フランスの想定でしかない。フランスはアメリカにイギリスから聞いた事実を話せばいいだけで、嘘をつく必要は無いのだ。
イギリスは切れるカードがある内は内情を明かさない。だから大きな借りを作らせる事は出来なかったけれども、『アメリカを宥めろ』と言ったお願いは消えてはなくならないのだ。
「君とするくらいなら泣き落としてイギリスとする方がマシだよ！」
全く予想通りの返事にフランスは引きつった笑みを浮かべてみせる。腹芸が得意なのは何もイギリスだけではない。
「言ってくれるねぇ。でもそれは止めときな」
「何でだい」
「確かに確率は低いがイギリスはそれで落とせるかもしれないけど、そうしたら日本が黙っちゃいねーよ。その逆も然りだ」
「だったらどうすればいいんだい」
「放っておけばいいんだよ。あいつら奥手通しだ、突っつかないのが一番さ。どうせあいつら相手の思いを尊重して…とか言って茶飲み友達続けるに違いねーよ。進んでももバードキス程度だろ」
「………でも」
「でもも李もねーんだよ。あいつらは突っつく方が危なねーの。っていうか、お前が突っつくからくっついちまったんじゃなかったのかよ」
「……そうかもね」
（結局お前は自分を受容してくれる年上の人間の愛情を一番に向けて貰いたいだけなんだよ。母親取られた子供みたいなもんだ。ったく、イギリスが甘やかすからこうなるんだよ）
口に出すのは上手くないので心の中だけで留める。
「お前は元から男にそんな興味ないんだろ。だったらお前は諦めたフリをして、一人はつまんないんだぞ！とか言ってお茶の時間でも邪魔するだけで二人の仲は進展しないんじゃねーの。あいつら仕事人間だしそんなしょっちゅう一緒にいねーだろ。それにあいつらなんだかんだ言ってお前に甘いからそれくらいの邪魔なら許してくれるさ」
一番納得できる解決策を提示してやると、 案外あっさり「それもそうだね」と引きさがった。
「それにゲイのヒーローなんて聞いた事ねーよ。ま、万一どうしてもしたいっつーんなら、アメリカ貸し一つだ。俺にケツ貸せ」
最後にダメ押ししてやると、いつの間にかケロッとしたアメリカは「やーなこった！」と笑いながら邪魔したねと、足取りも軽く出て行った。
フランスは本当にな、と肩を竦めながら少しばかり建て付けの悪くなった扉を閉めた。
もう少しで大盤狂わせになる所だった。フランスはこれでもずっとイギリスが好きなのだ。この関係を壊すのが嫌でずっと隠していたけれど、本当に片恋しているフランスが、同じような嘘から出た真に負けるワケにはいかないのである。
（…なんだかんだ言ってアメリカの言ってた事は的を射てるしな）
英日同盟にアメリカと共に横槍を入れたのは、主に国益の為である。
けれど、個人的な思惑が無かったワケではない。
（放っておいたらくっついちゃいそうだったしね）
あの頃のイギリスはアメリカを失った傷が癒えてなかった。あの頃の日本は台湾に出会っていなかった。
日本がイギリスの傷を癒やして、イギリスが日本を大切に扱う事は目に見えていたのだ。
でも、一度引き裂いたからと言って今回も放っておけば同じ目が出るに決まっていると想像するのは堅くない。
フランスの見た所、日本が台湾にむける想いというのはまだ双葉にもなりきれていない芽のようなもので、イギリスだって寂しさを完全に捨て切れてはいないのだ。
（お兄さんってば悪い男ね）
フランスは唇を僅かに歪めるとイギリスに電話するために携帯を取りだした。
イギリスにはアメリカが取る行動を教えてやって、貸し一つな、今度ケツ貸せ、とわりかし本気で言ってみよう。イギリスとは弾みで寝た事はあるし、今回の嘘だって暗黙の了解であることはお互い承知の上だ。きっとバーカと罵られるだろうが、答えはイエスに決まってる。そしたら、ほとぼりが冷めた頃約束だと言って、花束でも持って告白しに行けばいい。


end.（おまけ）

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up date 2011.03.27


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