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後は条件として通常１週間程度しか人間としてはいられないらしいのだが、天界へ導く役目のフリードリヒに与える最後の情け担当の天使の奇跡を使えば、相乗効果で４９日もいられるらしい事が分かった。 それをフリードリヒに伝えると、彼は息子の世間話を切々と語ってから、それでいいと頷いて、昇天していった。 二人分の奇跡を背負って、しかもそれがアーサーの人格としての努力の上に成り立つというかなりの苦手分野に、地味に胃が痛んだが、ここを上手く切り抜けてこそ天使だろうと、アーサーはぐっと拳に力を入れた。 残り４８日。人間のアーサーとして、自分の力でギルベルトを幸せにする努力をするしかない。 やらなければいけない事があると、気が紛れた。 side ギルベルト 現在のギルベルトは学生でも、社会人でも無い微妙な立場である。 普通にいえば、学生最後の春休みと言えばいいのだろうか。 あるものは最後の長期休暇として旅行に行ったり、新生活に備えて準備をしたり、終わらない就職活動に奔走したりと色々と忙しい。 幸いながらギルベルトは勤務先が決まっているし、会社は家からそんなに遠く無い為、実家から通う事になっているから、新居を探したりすることもない。友達と会う予定もなければ、デートの約束もなく、旅行に行く予定もないので、明らかに暇だった。 こんな時、暇は毒にしかならないとギルベルトには思えた。 義務がなければ、無理をしてでも動こうという気になれない。 おそらくアーサーが来なければ、泣きやむ必要性を見つけ出せずに、あのまま立ち上がることが出来ないでいただろうとギルベルトは思う。 でも、今はやる事がある。それが非常に有り難かった。 アーサーが暮らす事になる、物置状態の部屋を綺麗にするのには、どうしてもギルベルトの手が必要になる。 ギルベルトがひとつずついるものといらないものを選別して、積み上げて、それをアーサーと一緒に処分することにした。 「ギルベルト、飯、出来たけど」 ギルベルトが選別を終えるまでは、アーサーは部屋の片づけを手伝う事はできない。 だから、それまでは家の簡単な掃除とあとは昼食の準備を頼んで、ギルベルトは黙々と詰め込まれた物の仕分けしていたのだが、お昼になって、顔を出したアーサーに親指の腹で目尻を拭われて、いつの間にか泣きぬれてしまっていた事に気付いたギルベルトは「悪い」と一言謝って作業の手を止めた。 立ち上がって、何も言わないアーサーを促して階下に降りる。 測りかねているだけなのだろうが、干渉されすぎない、けれどもそんなに遠くもない距離が心地良かった。 このまま、時間が経てば少しずつ傷も癒えて普段通りに振る舞うことも出来るのだろうか。 そんな風に思いながらキッチンに足を運んでギルベルトは絶句した。 テーブルの上にあったのは、食事というよりも、炭、だった。 皿の上に炭。 なんというシュールな光景。 あまりのショッキングな風景に、真顔で後ろを振り向けば、目を合わせたアーサーがちょっと照れたように「頑張ってみた」と頬を掻いた。 『何を？』と聞きたかったのは山々だったが、目尻を赤くしてソワソワしている様子を見れば、突っ込み難い。 もしかして、皿にのっているのは、炭のように見せかけたガトーショコラとか、そういう話かもしれないと、ギルベルトは無理やり自分を納得させて椅子に腰を下ろした。 まあ、結果は予想の通りというか、ただの炭…というか、一発で天国に行けそうな、生物兵器だったと言っておこう。 お陰で親父に会えたという事は黙っておく。 そんなこんなで昏倒していた時間は軽く１時間程度だったらしい。 目が覚めたら、アーサーの泣き顔がドアップであって、ギルベルトは心底びびったが、 「殺しちまったかと思った」 という嘆きに、ギルベルトは何だか自分を見た気がして、アーサーの頭をよしよしと撫でた。 アーサーがびっくりしたようにこちらを見て来るので、大丈夫だとギルベルトは笑った。 笑ってみせて、ただ親父にそう言って貰いたかったのだと、そう思った。 でも、冷たくなった親父は何も言ってはくれなかった。 そして、もう、夢の中でくらいしか会えない。 そう思うと、涙が止められなかった。 どこにそんな水分があるのかと思うくらいに、ひっきりなしに涙が零れる。 アーサーがそんなギルベルトを見て、どこか具合が悪いのか、痛いのかと聞いて来たから、ギルベルトは親父がいなくて胸が痛いとそう答えた。 会ったばかりの年下の男に答える内容ではないと、分かっていたけれど止められなかった。ギルベルトの手を握ってくる体温が、心地良くて、止めることが出来なかった。 アーサーは「そうか」と言って、「他に痛い所は無いか、何か出来ることはあるか」と尋ねて来たから、ギルベルトは「傍にいてくれ」と懇願した。 --------------------- side アーサー 案外寂しがり屋だというのはどうやら本当らしい。 特に寂しがり屋でなくとも、肉親の死を悲しむのは普通の事だと思えたが、『案外』という部分は、一緒に過ごして１週間ともなると、アーサーにも理解が出来た。 恐らくとても暖かい愛に育まれていたのだろう。 存外寂しがり屋なギルベルトは、初めての昼食でひっくり返してしまった日以来、アーサーを抱き枕にして、夜を眠る。 あの日傍にいて欲しいと言われて、撫でて貰ったお返しに、ギルベルトの頭を撫でてやりつつ傍にいた。 やがて泣きつかれたのか、眠ってしまったギルベルトの傍を離れない方がいいのだろうかと、迷ったまま傍にいたら、いつの間にかアーサーもそのまま眠ってしまっていたらしい。 気が付いたら、ギルベルトのベッドの中に引き込まれていて、熱を確認するように抱き込まれていたから、仕方ねぇなと容認したら「まだ部屋が片付いていないから」という理由の元、毎晩引き込まれて、いつの間にか習慣になってしまっていた。 恐らく、部屋は片付かないんじゃなくて、片付けないのだろうと思う。 なんだかんだ言いながら部屋を片付けようとするのを先延ばしにしようとしているように見えたので、アーサーは現在ちょっと困っていた。 別に、天使の責務として、ギルベルトを少しでも元気づけられるのならば、抱き枕に徹することもやむを得ないとは思っているのだ。男同士ではあるけれど、ギルベルトが欲しているのは人肌で、それ以上でもそれ以下でも無い。だから、地上にいられる時間の間ずっとそのままでも、別に構いはしないのだが、部屋が片付かなくて困るのはアーサーではなくて、ルートヴィッヒだ。 因みにいきなりの名前に誰だよそれ、と思われた天使もいらっしゃるのではないかと思うので詳しく述べると、 ルートヴィッヒというのは本来、ギルベルトが物置状態の部屋を片付ける事になっていた、本来の目的である。 ルートヴィッヒ、それ以上の名前の無い彼は、フリードリヒが引き取る事になっていた孤児だった。 現在養子の話は宙ぶらりんになっている…というか、流れそうな状態になっているが、どうやらフリードリヒはどうにかしてアーサーにルートヴィッヒとギルベルトを引き合わせて欲しかったようだ。 フリードリヒに天使の奇跡で、少しの間だけでもいいから傍にいて欲しいといわれ、その結果を伝えた時、彼は承知する前に『どうしようか』と迷うふりをしてあれこれとギルベルトとギルベルトの周囲の事を伝えていった。 頭のまわるフリードリヒは、天使の奇跡は一度しか起こせず、しかもかなり限定的である事を知って、『人間』としてのアーサーにあれやこれをやって欲しかったのだろう。 ギルベルトの好きなもの、好きなこと、酷く落ち込んだ時の慰めかた。そんなものをつらつら語っては、ああでもないこうでも無いと言っていた。アーサーはそれを思いだしながら、ギルベルトの傍にいる。 『ちょっと手伝ってくれないか』 困ってる、お前の手が必要だと、そう頼まれれば、ギルベルトはあまり断れない。 そうやって、買い物に連れだしたり、家の事を手伝わせたりすることで、日常生活を取り戻させた。 因みに買い物に使ったお金は、フリードリヒのへそくりで、これも事前情報によるたまものである。天使として釈明するならば、購入物は、アーサーと入れ変わりにやって来て欲しいと願っているルートヴィッヒの為の基本的な日用雑貨である。自然子供向けっぽいものになってしまったのでギルベルトにファンシーだと笑われてしまったが、まあ、笑えるようになったのはいいことだとそう思うことにした。 さて、先程から出て来るルートヴィッヒの件であるが、ギルベルトが落ち着いて少し、アーサーはギルベルトの友達として、フリードリヒに教え込まされた弁護士の所へ行って説得をするこに成功した。弁護士は初め、若い身空で養育義務のある子供を抱える事に難色を示したが、アーサーは彼には守ることの出来る家族が必要であるのだと説得を繰り返した。そして近い内に連れて来ると言えば、その間だけ、孤児院にもかけあって保留にしてくれる事を承知してくれた。 ギルベルトもだいぶ回復して来た今、彼の仕事が始まらない内に連れて行くべきだと判断して、アーサーはギルベルトに話を打ち明ける事にした。 --------------------- side ギルベルト 「…は？孤児？」 寝耳に水、というのはこのことであるとギルベルトは思った。 アーサーの話によると、親父が片付けとけといった部屋は、アーサーの為というよりは、その子供の為であったようである。 アーサー曰く、「元々俺は長居する予定じゃなかったしな」という事らしいが、少し疑問が残るものの、親父の相続や、葬式の処々の面倒を見てくれた弁護士の名前を出されては信じないわけにはいかなかった。 なんでそんな話をアーサーが知っているのかと問えば、滞在の話が出て直接会った時に色々とギルベルトの自慢をされたと同時に新しい家族が出来るんだと一緒に自慢されたという。こちらも、親父しか知らないような事を話されれば、信じないわけにはいかない。 そして、アーサーはギルベルトが子供を引き取るべきだと真剣に話した。 「いや、でも…よ」 ほぼ大人のアーサーを下宿させるのは簡単でも、流石に未だ幼稚園児だという子供を引き受けるのは気が引ける。 しかし、アーサーは切々と語るのだ。行き場の無い自分が受け入れて貰えた事がどんなに嬉しかったか、子供だって家族が出来ると思っていたのに、また家族を失わなければならないとなれば、どんなに悲しいだろうかと、親父もそれを望んでいるのではないか、と。少しばかり手続きが早く済んでいれば、自動的にギルベルトに養育権は移ったのであるし、これも縁だと思って引き受けろと、説得した。 「お前にはお前を必要としてくれる家族が必要だ」 とアーサーがいう。 そして 「子供も、ちゃんと愛してくれる家族が必要じゃないのか」 と、訴える。 挙句に 「『ギルベルトには兄弟を作ってやれなかったから』」 と親父が言ったと言われれば、今のギルベルトには逆らわないでいられる術は他になかった。 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |