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「小さな頃はあれでも可愛いかったんだよ！」 「私が子供みたいだと…」 「違げーよ！ロシアはこんなに好いて貰えて幸せ者だなって思っただけだろ！」 言われた途端に息が詰まった。 「………」 「どうした？」 「…何でもない。とっとと運べ、カス」 吐き捨てるような言葉にイギリスは「お前なぁ」と呆れたような声を出したが、それ以上何も言う事もなく医務室に向かった。 ◆◆◆ 兄に対する見解として、『好いて貰えて幸せだ』、と言われた事は一度では無い。 姉さんは「ロシアちゃんは幸せ者ね」と言った。 リトアニアも「幸せ者ですね」と。 ラトビアは「兄妹って羨ましいです」と言ったし、 フランスは「愛されてるねぇ」と笑った。 どれもベラルーシのロシアに対する好意を認めたものだったけれど、その言葉がベラルーシの心を揺さぶった事は一度としてなかった。それは貶されたとて同様だ。他人の評価など関係ない。 「…終わったぞ」 ぼんやりとイギリスのつむじを眺めていたベラルーシは応急手当てを終えて顔を上げたイギリスと目が合った。ベラルーシはその顔をぼんやりと眺める。 「おい、ベラルーシ？」 首を傾げられて瞬きをする。頭の中には先程言われた言葉がくるりくるりとリフレインを繰り返していた。 目の前にある顔が怪訝そうにしかめられて、それから手が伸びて来た。 いつもならば叩き落とす所だが、なんとなくする気にはなれなかった。 顔が熱く、動悸がする。 「…お前熱出てんじゃねーか…」 ひたりと額に当てられた手がひんやりとしていて気持ち良かった。目を閉じると兄の手が思い出された。手の温度は似ているが、その手は全く似て非なるものだ。ベラルーシの大好きな兄の手ではないのに、手を払う気にならなかったのは、熱のせいだろう。 「大丈夫か？」 「…問題ない」 道理で頭が回らないわけだ。考え事をするのも億劫に感じる。 ベラルーシが勤めて冷静になろうと思考力の落ちた頭を振っていると、イギリスは毛布をベラルーシの肩にかけて、解熱剤と水を持って戻って来た。 自分の状態は分かっているので仕方なく渡された薬を嚥下していると、イギリスが「どうすっかなぁ」と呟いた。 「…何がだ」 「…あー、なんか今、吹雪で空港がストップしたって連絡が来た…」 「なんだと？」 熱で弱った頭だが、きちんと理解は出来た。顔を険しくさせてイギリスを見やると肩を竦められた。 「もう仕方ねぇ、大人しくロシアに連絡されとけ」 「嫌だ」 「足の捻挫だけだったら大使館通じて自国に送る事に何の問題もねぇよ。けどな、熱が出た状態で連絡してみろ。お前ん所の大使館はロシアが兼ねてんだぞ。連絡行くに決まってんだろ。その上吹雪で空港はストップだ。街中のホテルは次々に埋まるし、大使館も忙しいだろうよ。だからホテルなら俺がとってやるから、直接ロシアに連絡つけさせろよ。まだ国内にいるかもしれないだろ？」 言われた事は正論だ。しかしベラルーシは唸るように「いやだ」と吐き出した。 「…」 「…兄さんに迷惑をかけたくない。…それにもうどこか遠い南の国に向かっているに違いないんだ」 「南？」 「今日から休暇だから。兄さんは冬になると必ず南に姿をくらます」 「…じゃあ、病院を手配する。それでいいか？」 「…ああ」 頼むと口にすると漸く意見が合致したというのにイギリスが溜め息を吐いた。 「家に泊まっていけ」 「…は？」 「体調の悪い女を襲うほど飢えちゃいねーから安心しろ。お前に何かあったら冷戦再びだしな」 「…おい」 「妖精さんもいるから安心しろよ」 眉間に皺を寄せてワケのわからない事を言い出すイギリスを睨みつける。イギリスは困った顔でベラルーシの頭をくしゃりと撫でた。 「だからそんな不安そうな顔するなよ」 ◆◆◆ イギリスがワケのわからない事を言って、しかし反駁する余裕もなく意識が朦朧とする。兄の予定に併せようと連日無理をしたのが祟ったのか。 気がつくとヤツの家のベッドに横たえられていた。服を若干緩めてくれたのはなんだか小さい羽の生えた者達だった。ベラルーシには懇意にする人外はいないが、なんとなく兄さんの傍によく現れる冬将軍と同じようなもの達なのだという事は理解出来た。 コンとノックの音が響く。それから水盥を抱えたイギリスが入って来た。妖精と幾つか会話を交わしてベッドサイドにやって来る。 絞りタオルが額に乗っけられるとひんやりとした冷たさが心地良かった。 「傍にいてやるからとっとと寝ちまえ」 頭を撫でられてイギリスの顔を見る。 『…傍にいてあげるから寝ちゃいなよ』 どうしていいかわからないといったような少し困った顔と台詞が脳裏をよぎった。 一緒に住んでいた頃体調不良を隠し通せずに何度か兄の見舞いを受けた事があった。 そのたび兄は嬉しい事を言ってくれるのだが、同時に困ったような悲しそうな顔をするのだ。 体調を崩したのは何も兄さんのせいだけでは無いというのに。 北の大地はどんなに頑張ったとて何か一つが狂っただけで打撃は大きくなる。極寒の地で薪ひとつが命に関わることだってある。北はそれだけで苦しい土地だ。そしてその度に兄が恨まれる。政治云々の前に、民が不毛な土地に生まれた事を呪うから、兄はそれを嘆いてよく心臓を落っことした。 『もっとあったかい場所が僕のものになればいいのにねぇ』 そして、南に対する憧憬を口にする。 ベラルーシはいつも兄の言葉にその通りだ、と思った。兄さんの望むようになればいいのに、と思ったけれど、でもベラルーシ自身は南は嫌いだった。 （アイツらは嫌いだ。） 肥沃な大地も燦々とした大地も。自分に無いものばかりで。 そして、イギリスが嫌いだ。兄さんの邪魔ばかりするから。 けれど、 「…何故お前がそんな顔をする」 「”そんな顔”？」 「そんな…困ったような顔だ」 告げるとイギリスが「あー」と小さく唸った。 「…それは、まぁ、お前がそんな顔してるから…」 「何？」 「…泣きそうって言うか、不安そうな…」 「…私がか」 「昔アメ…弟が…、帰らないでくれって言ってた時の表情に似てんだよ…」 心底困ったようにあのイギリスが言うので本当にそんな顔をしているのかもしれない。だとすれば、兄さんの時もそんな顔をしていたのだろうか。 「…。お喋りはいいからとっとと寝ろよ。余計熱があがるぞ」 黙り込むとふわりと頭を撫でられる。かつての仇敵だというのに緩やかに眠気が訪れた。 目を閉じる瞬間、ふと思い出した。 ああ、そういえば、こいつも兄だったか。 ◆◆◆ 「あ、大丈夫？ベラルーシ」 目を開けると兄さんがいた。なんて素敵な朝なのだろうか。 続く≫ ≪new[3] NOVEL back≫ [0]TOP。 |