七転八倒堂

「そういうワケだクソッタレ。いい加減離しやがれ」
パンッツと小気味良い音と共にアントーニョの手が叩き落とされる。アーサーは溜息を吐きながら襟首を整えて、未だ自我を立てなおせていないらしいフェリシアーノとそれを支えるルートヴィッヒにちらりと視線を投げてから、黙ったまま宙に浮いてこちらの様子を窺っているイヴァンに視線を転じた。
「…と、言うワケなんだが？」
「………君達はいつでもそうだ。僕だって好きでやってるわけじゃないのに、皆の為にやってるのに、いつだって僕を責める。…でも、いいよ。これが僕のお仕事だもの。今回は許してあげる。…それで、どうしてフェリシアーノくんを殺さなきゃいけないか、って話でいいんだよね？」
一同の複雑な視線が集めたイヴァンがげんなりとした様子で聞くと、代表してアーサーが頷いた。

◇◇◇　◇◇◇　◇◇◇

「あのね、さっきも言ったけど、この星には沢山のエネルギーが詰まっていて、限界が越えちゃうと爆発しちゃうんだ。それで、星は自分でそれを発散することが出来ない代わりに、この地上に住む生き物に代理をして貰うことにしてるみたいなんだ。それが人間と魔族の関わり合いだよ。なんで人間も魔族も特別なエネルギーを行使出来るかなんて、ここまで言えば分かるよね？普段人間と魔族が魔法を使えるのは、君達を使ってこの星に蓄えられたエネルギーを発散する為なんだよ。いわば、人間と魔族はこの星にとって己の健やかなる生存の為に寄生させている虫っけらみたいなもの。そして、１００年に一度の単位で日常の抗争だけでは処理出来ないこの星のエネルギーを魔王と勇者の戦いによって処理して貰う。
今回、フェリシアーノくんに死んで貰わなきゃいけないのは、魔王くんが死んでしまって、そのエネルギーの消費が望めないから」
「…だったらさ、他の―…魔族に、その魔王の卵っていうのを与えることは出来ないの？」
「出来ないことはないよ。でも、適正だってあるから、探すのは大変。その上フェリシアーノくんが倒せるような魔族なんてどうやって見つけろっていうの？それに下手に弱い魔王なんて作っちゃったら魔族に殺されてふりだしに戻るだけだよ。魔族にだってプライドはあるからね。大体この卵が母体に馴染むまでは時間がかかるし、もう僕が卵を預かってから結構な日にちが経っちゃったから、星の限界まで時間なんてあんまりないんだよ。そしたら遠回りかもしれないけど、フェリシアーノくん殺して、やり直す方が確実なんだ」
「…やったら強い魔王作りや！俺らが守ったるし、サポートするわ！とどめをフェリちゃんに刺して貰えばえんやろが…！」
「魔族から作った魔王がどれだけ強いか知らないからそんな事言えるんだよ。それに、今回フェリシアーノくんを殺さなくっちゃいけないのは君達にも問題があるんだよ？君達が、そうやってフェリシアーノくんを何かにつけて庇うから、経験値がフェリシアーノくんにいかない。レベルが一桁の勇者なんて初めてみたよ。魔王くんが早まって自殺しちゃったのも、それがネックになってたんだ。君達がいくら彼を守って、魔王くんのHPを削ってくれても、とどめは、卵を解放するのは絶対にお互いじゃないと無理なんだ。万が一、フェリシアーノくんが一撃で倒せなくて、魔王くんが反撃しちゃったら、フェリシアーノくんは一撃でお陀仏だよ？それが嫌で魔王くんは死んじゃったんだ。僕、何度だって言ったよ？フェリシアーノくんのレベルをあげてって」
「………」
「結局、真面目にフェリシアーノくんのレベルを上げようとしてくれたのなんてルートヴィッヒくんにアーサーくんくらいのものだったじゃない。ギルベルトくんはもう少し働いてくれるかと思ったけど、『これがフェリシアーノちゃんのいいところ』なんて言い出すし、フランシスくんは忠告はしてくれても動いてくれない。アントーニョくんなんて最初から『親分が守ったる！』なんて言って僕の話なんてちっとも聞いてくれなかったでしょ」
「せやけど！それやったらそう言ってくれたら良かったねん！！フェリちゃん死ななあかんようになるなら、もうちょっとどうにかしたわ！」
「僕にだって宣託師として守らなきゃいけないルールがあるんだよ。僕の仕事はこの星を守る為に勇者側と魔王側の力を均等にして多大なエネルギーを放出させること。それ以上の肩入れをしてはいけない。僕が融通してあげる事が出来るのは、卵を入れる人物を選ぶことくらい。今こうして明かすことが出来るのは魔王くんが死んじゃってその上君達が僕の邪魔をするから仕方なくの事なんだから。通常、僕は何も言うことは出来ないんだよ。それでこれ以上どうしろっていうのー？」
「…俺が…、俺が弱かったから、アイツ…俺の為に死んじゃったの？」
「フェリシアーノ…」
「そうだよ、フェリシアーノくん。君が勇者の責任を果たさなかったから魔王くんは自分から死んじゃったんだ」
「おい待てよ。アイツが自殺なんてしなくても、どっちみちフェリシアーノちゃんに殺されるか、フェリシアーノちゃん殺しちまって死んじまうか、俺達が仇打ちして両方死ぬかくらいしかないだろうが…。つまりどちらにせよ、アイツはお前に選ばれた時点で死んぢまう運命にあったんだ。それをフェリシアーノちゃんの責任だけみたく言うなよ」
「そうや！結局の所、お前が悪いんやんか！」
「…もう、なんでかなぁ？なんで人間ってすぐに感情的になって目の前の事しか見えなくなるのかなぁ…。僕さっきから、僕が誰か選ばなきゃ皆死んじゃうって言ってるよ？つまり、誰かの犠牲の上に君達は生きてるんだ。それは決定事項でしょ？なのに、犠牲になった人が自分の身内や大切な人だからってだけで何で僕を責めるのかなぁ…。僕に敵意を向けるのはお門違いだよ」
「…イヴァンの言うことも分かるけどさ…」
アントーニョが再び殺気立つのを感じて溜息を吐いたのはフランシスだ。宣託師であるイヴァンの言うことも理屈としては分かるのだが、悪びれもせずに言われると与えられる印象はとっても悪くなってしまう。これが『僕も辛い』とせめて表面上だけでも取り繕ってくれればもう少しマシになるというものだが、常に星を存命させる為だけに存在する宣託師となれば、感情の欠如ももしかしたら仕方ないのかもしれなかった。けれども、それが分かっていてさえ、人の感情というものは思い通りにはならないものである。
少しばかりは落ち着いた仲間内の反抗心がボルテージを上げるのを肌で感じてフランシスはどうするか迷う。フランシスはそこまで人情家ではない。それしかないというのならば、時には犠牲にだって目を瞑る。だが、だからといってほいほいと仲間を捧げられるほど人間を捨ててもいなかった。ならばどうするか…。
「理屈は分かった。なあ、お前が言う卵ってやつ、見せてくれないか」
誰もが次の行動を値踏みしていた中で、真っ先に口を開いたのはアーサーだった。イヴァンはきょとんとアーサーを見つめたあと、「どうするつもり？」とまっすぐにアーサーを見つめた。
「壊そうとしても無駄だよ」
「そんな意味のない事誰がするか。そいつは支援系の装飾具みたいなもんだろ。つまり与えられたヤツに勇者なり魔王なりになれる程の力を蓄えることが出来る装備品みたいなもんだ。区分でいえば、魔導師が力を与える魔具に近い。俺達がこの星のエネルギーを使って魔法を使えるようになっているというのなら、この星のエネルギーから作られたそれに干渉出来たとしてもおかしくはないだろ？もしかしたら細工出来るかもしれなくて、細工出来るのなら、お互い危ない橋なんて渡らずに済む。細工が可能で猶予が伸ばせるとしたらそっちの方がお前にとってだっていいだろう。…違うか？」
「………そうだね。それが本気で、そう出来るのなら、願っても無いことだけど――…、…分かった。いいよ。君は冷静そうだから信じてあげる。でも、君のお仲間に奪われちゃったら困るからー…アーサーくんだけがこっちに来て。他の皆は動かないで」
「だから、お前ら動くなよ」
「ちょっ、アーサー！！」
「うっせーぞ髭。お前はそこの熱血漢をちゃんと見張ってろ」
カツン、カツンとブーツが音を立てて遠ざかっていく。
「アーサー…」
フェリシアーノの声にアーサーは一瞬だけ視線を寄越したがそのまま宣託師であるイヴァンの足元へと歩み寄った。
辿りついてアーサーがイヴァンを見上げると、「はい」とその懐から光沢を放つ黒曜の玉が差し出された。
とくん、と脈動を刻むその卵を手にして、アーサーはふむ、と目を眇めた。
卵からは確かな力が伝わってくる。
アーサーは彼が思った通り、それは魔具のような働きをするものだと理解した。だが、これはただのモノではなくて、生命が宿っているようだ。『卵』を言うにふさわしい、生命の躍動があった。
「どう？」
「…そうだな。魔具に近いという読みは当たってる」
「で？何か出来そう？」
イヴァンの問いに、アーサーは緩く首を振った。
「こいつは生きてるから、俺の魔力でどうこうしようとしたら…どうなるか想像がつかないから無理だな…」
「なんだー。世界一の魔法使いになら、どうにかなるかと思ったのに、残念。なら返してー」
「………」
「アーサーくん？もしかして、それを壊そうとか、持って逃亡しようとか、思ってないよね？」
「…そうだな。壊すことにも持って逃亡とかも興味はねぇけど、返せねぇな」
「………」
「アーサーっ！お前っ！」
今まで沈黙を守っていた仲間内から、腐れ縁であるフランシスの声が上がってアーサーはニヤリと笑みを見せた。
「俺は不確実に賭けねぇ主義でな？」
きゅっと卵を握り込むと、卵は壊れるわけでも無く、アーサーの体内に吸い込まれて、緊張に張りつめた空気がどこか騒然としたものに変わった。
「…っ…」
「うーん。アーサーくんが魔王かぁ…。なんかフェリシアーノくんに倒されてくれる気がしないんだけど…」
困ったように眉尻を下げるイヴァンを前にアーサーは魔王の卵との反発と戦いながら「当たり前だろう」と笑った。
「人間バカスカ殺して行きそうな気がするんだけどー？」
「エネルギーを放出しなきゃ不味いんだろ？犠牲はつきものだろ」
「なっ！」
「あーあ。これで僕の仕事大変になっちゃうー」
「お前の苦労なんて知るかバカ。仕事しろ…っていいたい所だけどな。その辺のバカな魔族とは格が違うんでなぁ？キッチリ調整つけてやるから、安心しろよ」
「なら、僕はいいけど…っていうかもう選択肢なんてないし…。でも君のお仲間はよく無いみたいだよ？」
「ハッ、お仲間？敵の間違いだろ。なんせ俺を入れるのを反対していた奴はいるし、今だって仲間じゃないだろ。利害が一致してたから一緒にパーティ組んでただけだ。ほら、かかって来いよ。相手してやるぜ？」
魔王の卵によって少しだけふらつく体を隠して対峙すれば、驚愕の表情から一転こちらを睨みつけてくる斧の使い手に笑いかけてやった。挑発すればすぐに乗ってくる奴に堰を切らせてしまえば、戦いは避けられない。
案の定、「フェリちゃん殺されて堪るか！」と武器を振りかざすアントーニョに向かってアーサーは微笑みロッドを突き出した。目に見えて激しい劫火を炎を属性がついた斧が受け止めて拮抗する。
「ふん。卵の影響で本調子とはいえないとはいえ、よく受け止めたな」
「受け止めただけやないで…！振り切って倍に返したるわ！」
アントーニョが吠えて、奥歯をきつく噛みしめて武器に力を込めれば、属性のついた武器は主人に呼応するように光を帯びた。魔導師ではなくとも、人には適性というものが存在して、適性にあった武器ならば、属性能力を引き出すことが出来た。アントーニョは火の属性持ちで、アーサーの攻撃をその武具で相殺している。
「やれるもんならやって見ろよ。ほら、どうした？」
火の魔法に風を相乗させてじりじりと出力を上げればアントーニョの足元がずるずると石畳を滑って後退する。火の魔法のみだけならば、アントーニョに劣るアーサーの資質は、けれど他の魔法と掛け合わせてやれば、最高位の魔術に劣らず、それ以上の効力が期待出来た。掛け合わせ魔法は難しくはあるが、本調子ではないとはいえ、やってやれない事はない。
「くっ…」
ぎりっとアントーニョが歯噛みする音は雑音に紛れて消えた。
その険しい表情を見ながらアーサーは目を細めた。
このまま行けばアントーニョだけではなく、皆を巻き込んで炎上するだろう。
「アーサーやめて！！」
フェリシアーノが悲鳴を上げる。アーサーはそれを見て薄らを笑ってみせた。
「『やめろ』なんてお願い聞けねぇなあ？止めさせたいんならお前が武器を奮えよ」
「フェリちゃんやめぇっ！！それが…っ！？」
「まだ口が利ける余裕があったのか？」
「くっ…！」
更に出力を上げると、もう既に喋る事も出来なくなってー…。
「フェリシアーノちゃん、絶対に前に出るなよ…。今のフェリシアーノちゃんじゃ、絶対勝てない相手だからな…」
「よく止めたな…と言いたい所だが、あいかわらずの保護者っぷりだなぁ？ギルベルト？」
水の属性持ちのギルベルトが間に入る事で魔力を相殺されてアーサーはロッドを持ちなおすとアーサーは手をプラプラと振って調子を整える。ギルベルトが反駁するように口を開きかけたが、アーサーには彼の言葉を待ってやる義理などない。そのまま間髪いれずに水の属性の弱点である雷を飛ばすと、「兄さん！」という声と共にルートヴィッヒが前に出た。土属性のルートヴィッヒを前に雷は弱く、あえなく相殺されるが、雷が駄目なら風で抉ってしまえばいい。アーサーは伊達に世界一の魔法使いと言われているわけではない。全て最高位まで使えるわけではないが、火（→）氷（→）風（→）土（→）雷（→）水６行全てに適性を有して、またそれが全て高位まで操れる。それがアーサーの強みだった。本調子でない今、掛け合わせ魔法は非常に使い辛いが、単独魔法だけでもやってやれない事はない。何しろ属性差を利用すれば、最高位に勝つことはできないが、弱点をぶつければ相殺してやれば負けることは無いのだから。
風がフェリシアーノ、土がルートヴィッヒ、フランシスが雷で、水はギルベルト、火がアントーニョ。今まで氷と、レベルの低い風属性のフェリシアーノの穴を埋めていたのがアーサーだ。アーサーが抜けてしまった今、土属性の弱点をフォローする相手は誰もいない。ルートヴィッヒから倒すことで、次々に沈めていく事出来る。
思惑通りルートヴィッヒが最前に躍り出た事でやりやすくなった。アーサーがニィっと笑って間髪いれずに風刃を放つと、アントーニョとギルベルトが躍り出た。相手の方が高位であるために、ほぼ相殺されてしまったが属性の関係で二人に小さい傷を負わせる事が出来た。
「兄ちゃん！ギルベルトっ！」
「兄さんっ！！」
悲鳴が上がると同時にフランシスが責めるように「アーサー！！」と名前を呼んだ。
アーサーは無言でフランシスの真上に落石を落とす。それはルートヴィッヒが庇う事で相殺されてしまった。曲りなりにも勇者御一行だ。フェリシアーノ以外は属性を最大限にまで引き上げている。魔王の卵を飼い慣らすのにかなりの力を持って行かれている現状では、長期戦は非情にまずい。それに魔術師の常として、接近戦に持ち込まれれば厄介だ。アーサーは魔術師であるにもかかわらず接近戦もある程度こなすが、一対一でもキツいのに、４人も相手にするなんて分が悪過ぎる。
相手もそれを分かっているのだろう、仕方が無いとばかりに４人が一斉に攻撃を仕掛けて来た。アーサーはそれをかわしながら風の全体魔法で足止めをしてすぐに弱点を狙われて体勢を壊したルートヴィッヒを狙う。今度は綺麗に入ったが、止めを刺すには至らない。
その間に他に距離を取られるので今度は地面を揺るがす土の全体魔法を掛けた。全体魔法だけあって、単発のものより力が弱くはあるが、フランシスがバランスを崩す。しかしアーサーの土魔法を相殺してくれるルートヴィッヒは動けない。土よりも強い風属性を持つフェリシアーノもアーサーの魔力が大きくて相殺さえも出来ずに傍観しているしか出来なかった。
そこに先程は失敗した落石を落とし、ぐんと近くなった二人めがけて中位の落雷を落とす。ギルベルトが体勢を崩して―…、でも、先の二人と違って簡単に倒れてはくれなかった。やり方が分かっていれば対処のしようもある。雷の護符を使って弾かれてしまえば、タイムロスをした形になってしまい、アーサーは舌打ちした。このままでは接近戦に持ち込まれる。
咄嗟に風の魔法を使って足場を移動して距離をとる。魔王の城は、決戦の場である為か、そんなに広くつくられてはいない。この手はあまり使用出来ないな、とアーサーは思いながら腰から魔玉石を取り出して投げつけた。先に戦力を削いだ二人が回復して前線に戻って来る前に効率よく二人を沈めなければならない。その為ならアーサーだってアイテムを使う事だってやむなしだ。
爆発音が辺りに響く。続けて風魔法で全体を足止めして、もう一度雷をギルベルトに落した。今度は相殺が間に合わずに膝をついた。蘇生や回復の能力を司る水属性持ちのギルベルトは厄介だ。アーサーは迷いなく魔玉石を再び二人に投げつけた。致命傷を負ってギルベルトが沈む。アーサーはもう一度風魔法で残りの全員を足止めした。
所持品は持てる数に限りがある。
効率よく使っていかないと、じりじりと消耗して負けてしまう。

続く≫

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